日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

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チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)

 1986年4月26日未明に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故(原発事故)に関連した日本放射線影響学会の活動について、以下にその調査概要を記す。

1.チェルノブイリ原発事故発生当時の旧ソビエト連邦の情勢と事故後の背景

 原発事故当時の世界情勢は、東西冷戦状態のために資本主義各国が入手できる旧ソビエト連邦の情報は限定的であった。そのため、チェルノブイリ原発事故の発生、及びその経過についても情報は断片的なものであった。
 1986年5月5日に日本政府は旧ソビエト連邦側に対して、チェルノブイリ原発事故への対応に協力する用意のある旨の公式声明を発表した。また、7月10日には、WHO、IAEAなどの国際機関を含む各国専門家が参加する緊急専門家会議が開催され、チェルノブイリ原発事故の健康影響問題を検討した。その後の数年間に、多国間の協力体制に加えて日ソ2国間の様々なレベルでの交流が行われた。

2.日本放射線影響学会としての対応

 日本放射線影響学会会員が、チェルノブイリ原発事故後の現地調査、医療協力、国際会議への参加などの活動に参画した記録は残されているのに対し、学会としての活動を記した記録を探すことは困難であった。そこで、現地で活動歴のある会員、あるいはシニア学会員複数名に当時の様子を尋ねてみたが、学会としての活動実績を示す事例に接する機会はなかった。したがって、本調査では、本学会が学会としてチェルノブイリ原発事故に対応した事例を示す記録は確認できなかった。その理由として、上述した当時の社会情勢から学会独自の活動が制限を受ける状況であったか、あるいは、学会としての活動を自粛した可能性がある。また、国外で発生した事故であったために積極的な活動を行わなかった可能性も考えられるが、これらを裏付ける客観的証拠は得られなかった。

3.日本放射線影響学会学術大会での企画

 1986年度以降の本学会学術大会で、チェルノブイリ原発事故に関連する内容を取り上げた企画を調査した。この調査は、放射線医学総合研究所に所蔵されている放射線影響学会学術大会要旨集から、チェルノブイリ原発事故発生年から5年間 (1986-1991)、その後は5年間隔 (1996、2001、2006、2011)で事故後25年間に開催された大会での教育講演、シンポジウム、ワークショップを対象に行った。開催年度とチェルノブイリ原発事故関連の企画の有無を次の表にまとめた。なお、一般発表での演題の有無は今回の調査対象外とした。


3-1. 第31回大会(1988年10月5日〜7日、広島市:事故発生2年後)

・教育講演 L-2
Infiltration of Tritium, Radon and Anthropogenic Pollution from a River into Groundwater
H.R. von Gunten (Switzerland)
・シンポジウム S-2
1. チェルノブイリ原子力発電所事故と日本の環境放射能
  杉村 行勇 (気象研究所 地球化学)
2. 超ウラン元素緒核種の蓄積状況 -核実験フォールアウトとの比較-
山本 政儀 (金沢大学 理学部)
3. 食品汚染と摂取制限レベルについて
赤石 準 (原研東海 保健物理部)
4. 内部被曝線量の評価
内山 正史 (放医研 安全解析)
5. 線量評価とリスク評価
池永 満生 (京大 放生研)

3-2. 第32回大会(1989年8月28日〜30日、北九州市:事故発生3年後)

・教育講演 L-3
原子力発電所の安全確保の現状と課題
近藤 駿介 (東京大学 工学部)

3-3. 第33回大会(1990年10月24日〜26日、仙台市:事故発生4年後)

・ワークショップ W-2 環境放射能研究の現状と将来
オーガナイザー:広瀬 勝己 (気象研)、関 李紀 (筑波大)
1. ヨーロッパにおけるラジオエコロジー研究の現状と将来 (仮題)
C. Myttenaere (University Catholique de Louvain)
2. 環境放射能研究の経緯
辻本 忠 (京大 原子炉)
3. 環境トリチウム研究の現状と将来
井上 義和 (放医研)
4. 陸圏における放射性核種の挙動に関する研究について
村松 康行 (放医研)
5. 微弱放射能測定に於ける今後の見通し
小村 和久 (金沢大 LLR)
総合討論
コメンター:山本政儀 (金沢大 LLR)、久松俊一 (秋田大)

3-4. 第34回大会(1991年11月20日〜22日、東京:事故発生5年後)

・教育講演 L-2
広島・長崎・ウラル・チェルノブイリ - 放射線障害の疫学調査 -
熊取 敏之 ((財) 放射線影響協会)
・シンポジウム I 公衆被曝線量算定のためのモデルとパラメータ
座長:滝沢 行雄 (秋田大・医)、佐伯 誠道 (原環センター)
  1. 公衆被曝線量算定の現状
  佐伯 誠道 (原環センター)
  2. 水圏における放射線核種の移行パラメータ
   清水 誠 (東大・農)
  3. 陸圏における放射性核種の移行パラメータ
   大桃 洋一郎 (環境科技研)
  4. 公衆のための体内被曝線量係数
   稲葉 次郎 (放医研)

3-5. 第39回大会(1996年11月18日〜20日、大阪:事故発生10年後)

・ワークショップ I チェルノブイリ事故後の人体影響に関する最近の調査
座長:岡島 俊三 (長崎大)、岡田 重文 (東大)
1. チェルノブイリ事故の人体影響に関する調査の概要
- 1990年国際チェルノブイリ計画以降 -
  重松 逸造 (放影研)
2. 現地における環境放射線・環境放射能調査
  2-1 空間線量率分布及び住民の外部被ばく
    長岡 鋭 (原研・環境安全)
  2-2 30km圏内における長半減期核種の分布及び移行の特徴
天野 光 (原研・環境安全)
3. チェルノブイリ事故に伴う被曝線量推定の概要
  星 正治 (広大・原医研)
4. 甲状腺の健康影響に関する調査
  長瀧 重信 (長崎大・医・1内)

3-6. 第44回大会(2001年10月29日〜31日、大阪:事故発生15年後)

・シンポジウム 1 放射線影響研究と国際協力
座長:佐々木 正夫 (京大)、馬淵 清彦 (NCI, USA)
0. 座長発言 (1):わが国の放射線影響研究と国際貢献
  佐々木 正夫 (京大)
1. 高度被曝環境における線量評価
  (原爆、チェルノブイリ・セミパラチンスクにおける国際共同研究)
  星 正治 (広島大学 原爆放射能医学研究所)
2. チェルノブイリ甲状腺組織バンクの国際共同運営
 山下 俊一 (長崎大 医 原研分子医療)
3. 高自然放射線地域における疫学国際共同研究
  菅原 努 (財団法人 体質研究会)
4. セミパラチンスク核実験場周辺住民の疫学調査:現状と課題
  久住 静代 (財団法人 放射線影響協会)
5. 追加発言:FIB-1/ RERF/ NCI Collaborative Work on Cancer Risk
among the Mayak Nuclear Worker Cohort
馬淵 清彦 (Radiation Epidemiol Branch, NCI, USA)

3-7. 第49回大会(2006年9月6日〜8日、札幌市:事故発生20年後)

・ワークショップ 9 
チェルノブイリ事故20周年:環境及び健康への影響を考える
座長:土居 雅弘 (放医研)、酒井 一夫 (放医研)
1. チェルノブイリ原子力発電所事故が生じた核ハザード
  高田 純 (札幌医科大学医学部)
2. チェルノブイリ放射能汚染地域に棲息する生物の体内核種動態と遺伝子損傷
  中島 裕夫 (大阪大学 医学系研究科)
3. チェルノブイリのマツ個体における放射性セシウム及び関連元素の分布
  吉田 聡 (放医研 放射線防護研究センター 環境放射線影響研究G)
4. チェルノブイリ周辺のマツの放射線障害-針葉樹培養細胞を用いたモデルスタディ
  渡辺 嘉人 (放医研 放射線防護研究センター)
5. チェルノブイリの残留放射能と植物の生体反応
  木村 真三 (北海道大学 医学研究科 環境医学分野)
6. ウクライナ国民のCs-137と安定体ヨウ素の摂取量
  白石 久二雄 (放医研 被ばく線量評価部)
7. チェルノブイリ事故の健康影響に関する疫学調査
  秋葉 澄伯 (鹿児島大学 医歯学総合研究科)
8. チェルノブイリ原発事故の人体影響
  柴田 義貞 (長崎大学 医歯薬学総合研究科 原研疫学)
9. チェルノブイリ周辺30km避難住民に対する被曝線量の再検討
今中 哲二 (京大 原子炉)
  追加発言:吉永 信治 (放医研)

4.放射線災害事故に対する学会としての今後の活動への提言

 チェルノブイリ原発事故は、情報収集、及び現地への入域や協力体制の構築に制限を伴う放射線災害事故の事例である。放射線災害事故から得られる正確な学術情報を共有することは本学会員にとって有益である。本学会の学術大会では、チェルノブイリ原発事故に関する話題を、教育講演、シンポジウム、あるいはワークショップなどの様々な形で定期的に取り上げてきた。また、原発事故発生初期から開催された専門家会議に参加している本学会員からは、最前線の学術研究に関する貴重な情報が提供されてきた。本学会が、放射線災害に関する情報共有の機会を学術大会で提供してきたことは評価に値するものであり、今後もこのような活動は継続すべきである。
 放射線災害事故現場の調査、並びに研究協力を経験した人材が豊富であることは本学会の特色である。現場での活動から得られる経験は貴重であり、その人材の結集は、今後、万が一に放射線災害事故が発生した際の調査・研究に対して機動力を持って対応できる源となる。そのため学会本体としては、平時より学会員の特色を可能な範囲で把握できるネットワークを構築し、必要に応じて機動力のあるチームを組織し、派遣できる体制を整えることが肝要である。

5.謝辞

 本報告書をまとめるにあたり、複数名の本学会シニア会員より当時の状況や経験を教示いただき、適切な助言をいただいた。また、過去の学術大会における記録は、放射線医学総合研究所李恵子女史の協力をいただいた。