理事長挨拶
一般社団法人 日本放射線影響学会理事長
田代 聡
過去から未来へ:放射線影響学会の使命と展望
2024年6月、一般社団法人日本放射線影響学会の理事長に再任いただきました。60年を超える歴史を持つこの学会の舵取り役を引き続き任されたことに、大変身の引き締まる思いです。
本学会は、1954年の米国ビキニ環礁水爆実験による日本人の被ばくを契機に、様々な分野の研究者が集まり1959年に設立されました。放射線生物学は、生物学と物理学の研究者による異分野融合研究として確立されました。現在ではさらに医学、数理生命科学や疫学、環境学などの研究分野の考え方や研究手法を組み合わせた放射線影響研究として発展し、より複合的な知見が集積されています。本学会はこのような異分野融合研究の先駆けであり、多くの分野の研究者によるコミュニティーです。本学会から新しいサイエンスを生み出すために、様々な学会との交流をさらに活性化し、この素晴らしい特徴を強化できればと思います。
時代の流れとともに、本学会に求められる研究も変化しています。2025年には原爆投下から80年、2026年には東京電力福島第一原子力発電所事故から15年を迎えます。2000年代までは分子生物学が隆盛を誇り、放射線影響研究の分野でもDNA損傷修復などの分子メカニズム研究が盛んに行われてきました。しかし、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故以降、低線量放射線の環境や人体への影響やリスクコミュニケーションが大きな課題となり、今ではロシアによるウクライナ侵攻により「核兵器使用時の対応」についても考えなければならない状況です。このような困難な時代であるからこそ、私たち放射線影響研究を行なっている国内外の研究者は、それぞれの持つ強みを活かし共に研究を進める必要があると考えます。2024年の年次大会は北九州市で日本放射線事故・災害医学会との合同大会、さらに原爆被爆80年の2025年の年次大会は広島市でAsian Congress of Radiation Researchとの合同大会となっています。このような取り組みを通じて、本学会が国内外の放射線影響研究のプラットフォームの一つとして位置付けられることを期待しています。
近年の潮流として、仮説を組み立てて実験で検証するHypothesis-driven Scienceから、次世代シーケンサを用いた遺伝子発現解析やプロテオーム解析など網羅的な解析の結果を元に研究を進めるData-driven Scienceへと流れが変わってきています。放射線影響研究でもこの流れは必然であり、コストやデータ量の多さを克服するために、研究材料や情報を共有することで、より効率的なサイエンスを構築していくことが求められます。本学会でも、このような取り組みを進めることができれば、と考えています。また、Curiosity driven scienceとMission oriented scienceの両方を推進し、「楽しいサイエンス」で得られた成果を社会に還元する「役立つサイエンス」を目指します。若い(気持ちが若い)研究者が好奇心に基づく研究に挑戦し、異分野融合研究を通じて新たな発見をすることを、私たちは全力でサポートします。
本学会は、これらの取り組みにより放射線影響研究の発展と国民の健康の増進に寄与していきたいと考えています。会員の皆様、大学、研究機関、学協会、各省庁そして関連する企業の方々のご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。
2024年6月30日
理事長 田代 聡