日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

理事長挨拶

一般社団法人 日本放射線影響学会理事長
田代 聡

「楽しいサイエンス」と「役立つサイエンス」を目指して

2022年6月、一般社団法人日本放射線影響学会の理事長に就任いたしました。60年を超える歴史があり、また放射線影響研究という社会的にも非常に重要な課題に取り組む本学会の理事長という責任の重さを痛感しています。

本学会は、1954年の米国ビキニ環礁水爆実験による日本人の被ばくを契機に、様々な分野の研究者が集まり放射線影響研究を進めるために1959年に設立されました。放射線影響の研究には、生物学と物理学の研究者による異分野融合研究として放射線生物学が確立されたように、様々な研究分野の考え方や研究手法を組み合わせて複合的な知見を得る必要があります。このために、本学会は生物学、化学、物理学、医学、そして統計学、環境学など様々な分野の研究者コミュニティーであり、異分野融合研究が最も進んだ学会の一つです。異分野融合研究は本学会の大きな特徴であり新しいサイエンスを生み出す原動力なので、これからもさらに強化していく必要があると考えます。

時代の流れとともに、本学会に求められる研究も変化しています。2025年には原爆投下から80年、2026年には東京電力福島第一原子力発電所事故から15年を迎えます。分子生物学が隆盛を誇ってきた2000年代までは、放射線影響研究の分野でもDNA損傷修復などの分子メカニズム研究が盛んに行われてきました。2011年に東京電力福島第一原子力発電所事故を経験すると、2010年代は原子力災害に対する対応が求められました。一般住民で大きな問題となった低線量放射線の環境や人体への影響、そして科学者と一般社会でのリスクコミュニケーションが、放射線影響研究として大きな課題となってきました。そして、本年2月のロシアによるウクライナ侵攻と各国の政治家による核兵器使用を容認する発言により、現在は、これまでほとんど考えてこられなかった「核兵器が使用された場合に、一般住民を守るためにどのように対応するべきなのか」、という非常に困難な課題について様々な角度から考えなければならなくなってきています。このような困難な時代であるからこそ、私たち放射線影響研究を行なっている研究者は、それぞれの持つ強みを活かし力を合わせて研究を進める必要があると考えます。

新型コロナウイルス感染拡大は、社会の活動にも大きな影響を及ぼしました。本学会も、2020年の第63回大会と2021年の第64回大会は、ほぼ全てのプログラムがWEB開催となり、対面での交流を行うことはできませんでした。このような状況下でのZoomなどによるオンライン会議の進歩は、様々な会議の効率化に非常に大きく貢献しています。学会でも口頭発表やポスター発表はオンラインで行うことができました。しかしながら、「セッションの間」に行われる研究者同士の直接の交流は困難でした。様々な共同研究や異分野融合研究が始まるきっかけとなる「セッションの間」は、学会としてもとても重要な機会だと認識しています。ようやく社会活動が少しずつ正常化しつつあり、2022年9月に大阪で開催される第65会大会は、大阪公立大学の児玉靖司大会長のもと現地開催を目指しています。会員の皆様、大学、研究機関、学協会、各省庁そして関連する企業の方々には、ぜひ現地参加していただき、「セッションの間」の時間を有効に活用していただき、対面でのコミュニケーションによる研究の楽しさをもう一度満喫していただくことができればと願っています。

サイエンスは、Curiosity driven scienceとMission oriented science に分けることがあります。もちろん両方ともサイエンスの進歩に必要ですが、大きな進歩の多くは前者によるところが大きいと言われています。放射線影響研究は後者の色合いが強い分野でありますが、学会が得意とする異分野融合研究を推進することでCuriosity driven scienceに挑戦する若い(気持ちが若い)研究者をサポートし「楽しいサイエンス」を推進したいと考えています。そして、「楽しいサイエンス」で得られた研究の成果を社会に還元する「役立つサイエンス」を推進する学会を目指しますので、会員の皆様、大学、研究機関、学協会、各省庁そして関連する企業の方々のご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

令和4年6月30日
理事長 田代 聡