日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

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JCOウラン加工施設における臨界事故(1999年)

1.JCO臨界事故に関する学術調査の経緯

 我が国で初めての核分裂物質による臨界事故とその後の学術調査の経緯について、時系列で示すと以下ようになる。
 1999年9月30日午前10時35 分頃、茨城県東海村ウラン加工工場JCO東海事業所において原子力事故が発生した。作業員3名が大量被ばくし、350m圏内の住民(約150人)に避難命令が出された(17時)。さらに、10km圏内の住民に屋内待避勧告が出された(22時30分)。その後、10月2 日、気象庁気象研究所の五十嵐康人氏・青山道夫氏・広瀬勝己氏により、実態解明のための調査の呼びかけがあり、金沢大学低レベル放射能実験施設にメールアドレスを設置して参加者を募ることになった。10月4日、佐々木正夫京都大学教授(日本放射線影響学会会長、当時)が、文部省研究助成課、原子力安全委員会、科学技術庁、東海村役場等と交渉し、環境放射能と人体影響の両面からの学術的調査が必要であることを説き、科学研究費配分の約束を取り付けた。そこで、10月5日、文部省へ特定領域研究申請書を提出した。金沢大学理学部付属低レベル放射能実験施設で立ち上げたメーリングリストを使って参加者と研究テーマを公募し、それに基づいて研究班を組織した。研究代表者は金沢大学・小村和久教授で進めることで了解された。「環境放射能研究チーム」(班長:小村和久教授)と「人体影響研究チーム」(班長:佐々木正夫教授)の2グループからなる研究班が組織されることになった。10月7日には、学術調査団による第1回施設内立ち入り調査が実施された。10月18日には、科学技術庁および放射線医学総合研究所により、染色体異常を指標とした生物学的被ばく線量推定のための第1回採血を実施し、10月21日には第2回採血を実施した。その後、10月22日には、文部省特定領域研究(B)「臨界事故の環境影響に関する学術調査研究」(代表者:小村和久金沢大学教授;課題番号11800013;1999年度〜2000年度)が決定した。また、第3回採血を実施した。その後、第2次(10月23日)、第3次(11月9日)、第4次(11月27日)、第5次(2000年1月22日)、及び第6次(2000年2月12日)施設内立ち入り調査を実施した。このように、環境影響班では6次にわたる調査・採取活動を行い、400点を超える試料を採取し、物理学的線量推定を行った。一方、生物班では、43名の被ばくしたJCO職員、消防士、住民らの末梢血リンパ球細胞の染色体分析から、生物学的線量推定を行った。その結果、染色体異常から推定した線量は、物理学的に推定した線量より約1.5倍高くなることが分かった。これは、核分裂中性子の生物学的効果比が放射線防護体系で採用されている値よりも大きい可能性を示唆するものであった。

2.佐々木正夫・日本放射線影響学会学会長(当時)へのインタビュー

 上述したJCO臨界事故の経緯からも明らかなように、当時、日本放射線影響学会学会長であった佐々木正夫京大教授(当時)の事故への対処が非常に早く、的確であった。そこで、3名の現会員(福本 学、藤堂 剛、児玉靖司)が佐々木正夫教授よりJCO臨界事故の経緯について直接話を伺った。

2-1. JCO臨界事故に係る学術調査立ち上げの経緯について

 JCO事故当時、科学技術庁は加害者側の立場となったために、すぐに調査体制がとれない状況であった。また、原子力安全委員会(総務省)も動けない状況であった。そこで、気象研究所(気象庁)の研究者たちが最前線に立つことになった。気象研・研究者らの要請を受けて佐々木正夫教授が文部省に掛け合い、特定領域研究(B)「臨界事故の環境影響に関する学術調査研究」班の立ち上げが可能になった。気象研の五十嵐氏らがすぐに行動を開始したが、当初は被災地域への立ち入りも周辺住民からの採血も、科学技術庁が難色を示した。そこで、原子力安全委員会委員ら(住田氏、青木氏)が仲介し、調査に係わる研究者が率先して動いた結果、初期の測定が可能になった。小村教授と研究班班員は、Au、Zn、Naの放射化から物理学的線量推定を行い、初期の結果は21編の論文にまとめられて、Journal of Environmental Radioactivity誌(vol. 50, no.1-2, May 2000)に掲載され、その内容は、Science(vol. 288, 1153, 2000)でも紹介された。また、Nature (vol. 406, 693, 2000)にも測定結果の報告が掲載された。また、佐々木教授と研究班班員は、JCO職員、消防士、住民らの染色体分析から生物学的線量推定を行った。
 研究が一段落した2001年に、日本放射線影響学会からJournal of Radiation Research誌に、JCO事故関連調査研究の特集号を出すことになり、環境影響については金沢大の小村教授が、生物影響については放医研の安藤博士がまとめることになった。合計16編の論文が掲載された(J. Radiat. Res. 42, suppl., 2001)。
 一方、住民の末梢血リンパ球中の染色体異常による生物学的線量推定を行った後のフォローアップは行っていない。但し、重度被ばくであった作業員3名のうち、生存者一人のフォローアップはしている。

3.JCO臨界事故への日本放射線影響学会の貢献について

1)学会長のリーダーシップ

日本放射線影響学会のJCO臨界事故への貢献は、佐々木正夫学会長(当時)の迅速で的確な学術研究におけるリーダーシップに尽きる。研究者が率先して学術調査研究を開始したことが調査の進展にプラスの効果を生んだと評価される。しかし、佐々木教授が立ち上げた学術調査研究班は、調査研究の緊急性を意識した研究者の自発的行動によって成立したものであり、日本放射線影響学会として企画したものではない。この意味で、日本放射線影響学会が専門家学術集団としてJCO臨界事故に係る特別チームを編成した経緯は見当たらない。学会としては、以下に示すように日本放射線影響学会第43回大会において、特別企画「東海村JCO事故」として合計10題の研究発表を行い、これまでの成果を総括した。さらに、Journal of Radiation Research誌で「東海村JCO事故」の特集号を組み、合計16編の研究論文を掲載し、世界に向けて情報を発信した。以上が、学会としてのJCO臨界事故への係わりである。

2)日本放射線影響学会第43回大会(2000年8月30〜9月1日、東京)特別企画

 「東海村JCO事故」という特別企画のもとに、「生物・人体影響」と「環境影響」に関する10演題の学術研究成果が、第43回大会(東京)において以下のプログラムにより発表された。

「東海村JCO事故」
<Part 1>その概要と生物・人体影響
座長:佐々木正夫(京大)・鈴木紀夫(東大)
SP-2-1 JCO臨界事故の概要と線量評価
    田中俊一(原研)
SP-2-2 ウラン加工施設臨界事故におけるサイト内の従業員等の外部被ばく線量の評価
    百瀬啄磨(核燃料サイクル開発機構)
SP-2-3 東海村原子力施設臨界事故における軽度被曝者の染色体分析による被曝線量の推定
    早田 勇1、佐々木正夫2、児玉善明3、鎌田七男4、児玉靖司5(1放医研・障害基盤、2京大・放生研、3放影研・遺伝、4広大・原医研、5長崎大・薬学)
SP-2-4 緊急被ばく患者の線量評価
    石榑信人1、遠藤章2、山口恭弘2、河内清光3(1放医研・内ばく、2原研・保物、3放医研・特別研究員)
SP-2-5 高線量被ばくと初期症状
    明石真言、黒岩教和、中川憲一、平間敏靖(放医研)
SP-2-6 被ばく患者の臨床経過
    前川和彦1、西田昌道1、鈴木聰1、二味覚1、石井健1、山口泉1、山口和将1、富尾惇1、山田芳嗣2、三沢和秀2、長山人三3、浅野茂隆3(1東大・院・医・外科学専攻・生体管理医学講座・専攻分野救急医学、2医科研病院手術部、3内科)

<Part 2>JCO敷地外の線量評価と環境影響
座長:小村和久(金沢大)、五十嵐康人(気象研)
SP-2-7 ウラン溶液分析からの総核分裂数推定
    渡部和男(原研)
SP-2-8 臨界事故にともなう漏洩中性子スペクトルとJCO敷地内外での放射化量、中性子線量の計算
    今中哲二(京大・原子炉)
SP-2-9 臨界事故で漏洩した中性子線による物質の放射化
    小村和久(金沢大・LLRL)
SP-2-10 東海村JCO臨界事故350m避難区域住民の被曝線量
    高田純、菅慎治、北川和英、石川正純、星正治(広大・原医研)

3)Journal of Radiation Research誌・特集号の発行

 2001年に、JCO臨界事故に関する16編の報告が特集号として発行された。
 Journal of Radiation Research Vol. 42 (2001) No. SUPPL
 <The Tokai-mura Criticality Accident: Biomedical and Environmental Effects>