- HOME
- 学会について
- 学会活動 - 放射線災害対応委員会報告書
日本放射線影響学会への提言
1)はじめに
日本放射線影響学会は、1954年の第五福竜丸被曝事故を契機として、放射線影響に関する学術研究を推進する必要性から創設された。放射線災害対応委員会の目的は、これまでの放射線災害等に対して当学会がどのように対処したのかを検証し、それを踏まえて今後放射線災害等が生じた場合の学会としての対処について提言することである。本調査では、過去の事例として、1.第五福竜丸被曝事故、2.チェルノブイリ原発事故、3.JCOウラン加工施設の臨界事故、4.Lancet論文問題、及び5.福島第一原発事故を取り上げ、これらに対して当学会がどのように関わったのかについて検証した。2)日本放射線影響学会の放射線災害等への対処に関するまとめ
第五福竜丸の被曝事故の放射線影響を研究するために、分野の異なる専門家が集まって学際的研究領域を切り拓く中心組織として、日本放射線影響学会が設立されたことはまことに意義深いことである。すなわち、当学会はその創設時に放射線災害に対応する役割を担っていたのであり、その意味は今なお重いものである。チェルノブイリ原発事故に関しては、学術大会における企画は事故後20年に至るまで定期的に特集が組まれ、会員の当該事故の影響に関する学術的研究への関心には学会として応えている。その一方、学会として当該事故に関わる特別チームを設置して独自の活動を行うことはなかった。当学会には、当該事故が起きた現地において調査や研究協力を行った会員が多くいることを考えると、それらの会員の経験や情報を学会として蓄積しておくことは、今後放射線災害に対処していく上で必要なことである。
JCO臨界事故に関しては、当学会員が中心になって、JCO臨界事故に関する学術調査研究組織をいち早く立ち上げたことが評価される。この特定領域研究(B)「臨界事故の環境影響に関する学術調査研究」は、学会長(佐々木正夫京都大学教授、当時)が率先して立ち上げたものであるが、調査研究の緊急性を意識した研究者の自発的行動によって成立したものであって、学会として企画したものではない。ここでも、当学会が専門家学術団体としてJCO臨界事故に係る特別チームを編成して事故情報を蓄積することはなかった。
Lancet論文に関しては、いち早く学会長(大西武雄奈良医大教授、当時)が、「医療放射線被ばくによる国民の健康影響の検討委員会」を設置し、検討の結果、Lancet論文が投げ掛けた問題に対する学会としての考え方を表明するとともに、主に専門家向けに、医療被ばくの歴史と現状、人体影響、及び低線量放射線による健康影響に関する考え方等をまとめた小冊子を作成して公表した。これらは、当該問題に対する当学会独自の活動として特筆されるものである。一方で、他学会では、医療被ばくに関する研究会を立ち上げて、関連論文のレビューを行い、詳細をまとめて公表した例もある。ときに、国民の関心の高いテーマに関しては、当学会でも研究会を組織して情報収集と分かりやすい情報発信を行うことが必要であろう。
最後に、福島第一原発事故に関しては、学会長(神谷研二広島大学教授、当時)の要請により、事故直後に「震災対応検討ワーキンググループ」(世話人:渡邉正己京都大学教授、当時)が立ち上がり、当該事故を受けて当学会がとるべき行動について答申を示した。そのなかで、1)放射線災害に対応する組織をつくること、2)関連学術団体と連携すること、3)放射線影響の科学的根拠に基づく情報を発信すること、4)住民の健康調査体制を整えることを国等へ提言すること等を提案している。このうち、特に1)に関しては、当学会幹事会に原発事故対応委員会が設置された。この委員会の中心メンバーが組織する「Q&A対応グループ」の活動は、原発事故発生直後における一般公衆の放射線に対する不安解消に大いに貢献したと推定される。また、この応対での膨大な経験が、放射線影響に関する一般向け解説書の出版に活かされたことは間違いない。
一方、「美味しんぼ」に描かれたような社会的な影響が大きいと判断される問題が今後生じた場合には、当学会は、放射線影響に関する専門家集団として今後もコメントを公表することを考慮するべきである。放射線影響に関する正しい知識の普及活動の一環と考えるものである。
今後、放射線災害等が生じた際に、当学会として何ができるかを会員から迅速に吸い上げて、集約するシステムを作っておくことが重要である。災害の場合には初動が大切であるが、学術研究団体として活動できる行動には制限があるため、平時に緊急性の高い活動について吟味しておくことが必要だろう。
3)日本放射線影影響学会への提言のまとめ
これまでの日本放射線影響学会の放射線災害等に対する対処の検証を踏まえて、本委員会は、今後、当学会が放射線災害等に備えるために以下の項目を提言する。提言
1.放射線災害等が生じた際に、日本放射線影響学会として採るべき行動に関する意見を学術評議員及び理事から迅速に集約するシステムを構築しておき、必要な組織を素早く立ち上げることが可能な状態を保持しておく。また、関連学協会との連携が不可欠となるので平時に連絡網を整備しておくことが必要である。2.項目1の意見集約の結果、必要と判断される場合には、特別編成チームを立ち上げ、放射線災害等に対して日本放射線影響学会として何をすべきかを提案し、それを実行する。
3.放射線災害等のように社会的影響が大きい問題に際しては、日本放射線影響学会は放射線影響に関する専門家学術団体として、代表者らが正しい科学的情報を発信し、国民に分かりやすく説明する。
4.放射線災害等に関する学術研究を活発にするために、研究に関する情報交換や成果発表並びに討論、また、他の関連学協会の研究者との交流等について、学術大会等を利用して積極的に推進する。また、必要に応じて研究会等を立ち上げ、特定テーマについて専門的見地から情報を収集解析し、その成果を公表する。
5.放射線災害等に対する日本放射線影響学会のこれまでの対処に関するこの度の調査で、関係資料が逸散して記録が入手困難なものが多いことが明らかになった。過去の経験を今後の放射線災害等の対策に活かすためには、これまで当学会が対処した活動の情報を収集して記録し、学会として引き継いでいくことが必要である。
放射線災害対応委員会(2014年度)
有吉 健太郎(弘前大学:第五福竜丸被曝事故担当)
小嶋 光明(大分県立看護科学大学:Lancet論文問題担当)
川口 勇生(放射線医学総合研究所:Lancet論文問題担当)
児玉 靖司(委員長:大阪府立大学:JCO事故、福島第一原発事故担当)
鈴木 正敏(東北大学:チェルノブイリ原子力発電所事故担当)
浜田 信行(電力中央研究所)
放射線災害対応委員会(2015年度)
小嶋 光明(大分県立看護科学大学)
児玉 靖司(委員長:大阪府立大学)
田内 広(茨城大学)
高橋 昭久(群馬大学)
立花 章(茨城大学)
鈴木 正敏(東北大学)
宮川 清(東京大学)