細胞質照射はミトコンドリア機能低下とDRP-1依存的なミトコンドリア断片化を引きおこす
論文標題 | Cytoplasmic Irradiation Results in Mitochondrial Dysfunction and DRP1-Dependent Mitochondrial Fission |
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著者 | Zhang B, Davidson MM, Zhou H, Wang C, Walker WF, Hei TK |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Res 73 , 6700-6710, 2013 |
キーワード | マイクロビーム , ミトコンドリア , 非標的効果 , 活性酸素 |
細胞が放射線に応答する機構として、DNA損傷応答機構は重要である。それと共に、核以外の細胞内小器官での応答機構も重要であるが、不明な点が多く残されている。マイクロビームは国内外の多施設で利用可能であるが、放射線の標的部位を限定できることを利点とし、細胞集団における照射・非照射の区別のみならず、細胞内における標的部位・非標的部位の区別が可能である。従って、マイクロビームを用いた核以外への限定照射は、細胞の放射線応答機構を解明する上で重要なツールである。
今回紹介する論文は、コロンビア大学のマイクロビームを用いた細胞質の限定照射により、ミトコンドリアで起こるイベントを調べたものである。通常の照射実験では、細胞全体が一様に照射されるので、核からの応答と核以外からの応答が一緒になって細胞全体の応答として表現される。それに対して、マイクロビームにより細胞質を狙って(核をはずして)α線を照射することにより、核からの応答は除外できるので、核以外の小器官が放射線の電離作用を受けると、どのような応答機構を引き起こすのか明確にできる。彼ら(Tom Heiら)のグループはすでに細胞質照射において、活性酸素が誘導されること、それが原因となり、核DNAで点突然変異が誘導されることを報告している(1)。本論文では、細胞質照射によりミトコンドリア電子伝達系の機能が低下することを新たに報告している。実験では、上皮細胞のミトコンドリアに局在化させたGFPを指標に、ミトコンドリアの形態変化を調べた。結果は、照射30分以内にミトコンドリア形態の断片化が促進されており、ミトコンドリアの断片化を促進するDynamine related protein 1 (DRP-1)が関与している可能性が高いことがDRP-1阻害実験の結果より示唆された。また、その機構とは別に、ミトコンドリア電子伝達系で重要なcomplexIIおよびcomplexIVの活性が細胞質照射により低下していることが分かった。ミトコンドリア内のスーパーオキシドについてMitosoxで調べたところ、細胞質照射2時間後から増えており、DMSO処理により抑制されることも明らかになった。細胞質照射による電子伝達系の活性低下により活性酸素がミトコンドリア内で誘導されたことが示唆される。照射ミトコンドリアが断片化されることは活性酸素誘導と関係ないことが彼らの実験で示されているが、断片化の生物学的意義としては、異常なミトコンドリアを排除するためではないかと考察されている。
通常のγ線照射装置にて照射された細胞のミトコンドリアが、DRP-1依存的に断片化することはすでに我々が報告している(2)。この時、ミトコンドリアへ局在するDRP-1の量が増えることから、照射による何らかの刺激がDRP1を修飾し活性化させていると示唆される。しかし、DRP-1活性化機構は不明である。放射線が細胞内のどの部位でどのようにDRP-1の活性化を引き起こすのかについては、重要な問題である。マイクロビームは、細胞内での部位を限定して照射できるので有効なツールである。しかしながら、マイクロビーム実験では照射細胞数が限られ(この実験では500~600個しか照射できず)、タンパク質、活性酸素の定量や電子伝達系の活性の評価は顕微鏡の画像解析に限られる。この欠点は別の技術を用いて補う必要がある。「放射線応答のトリガーは何か?」についての解明は、大きな課題である。
1. Targeted cytoplasmic irradiation with alpha particles induces mutations in mammalian cells. Wu LJ, Randers-Pehrson G, Xu A, Waldren CA, Geard CR, Yu Z, Hei TK. Proc Natl Acad Sci U S A, 96, 4959-4964, 1999.
2. Ionizing radiation accelerates Drp1-dependent mitochondrial fission, which involves delayed mitochondrial reactive oxygen species production in normal human fibroblast-like cells. Kobashigawa S, Suzuki K, Yamashita S. Biochem Biophys Res Commun, 414, 795-800, 2011.