日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ATM/ATR,Chk2と結合する新たなタンパク質:Che-1

論文標題 Che-1 phosphorylation by ATM/ATR and Chk2 kinase activates p53 transcription and the G2/M checkpoint
著者 Bruno T, De Nicola F, Iezzi S, Lecis D, D'Angelo C, Di Padova M, Corbi N, Dimiziani L, Zannini L, Jekimovs C, Scarsella M, Porrello A, Chersi A, Crescenzi M, Leonetti C, Khanna KK, Soddu S, Floridi A, Passananti C, Delia D, Fanciulli M.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cancer Cell, 10, 473-486, 2006.
キーワード RNAポリメラーゼ , DNA損傷 , p53 , チェックポイント , 癌治療

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 Che-1は2000年にRNAポリメラーゼⅡのサブユニットであるhRPB11に結合するタンパク質としてtwo-hybrid法により発見された(関連文献1)。このタンパク質はleucine zipperモチーフと3箇所のnuclear receptor binding モチーフを持つ。そして大腸菌のσ-factor70、SV40 T抗原とホモロジーを有することがわかった。また、Che-1はRbタンパク質と結合することにより、RbのE2Fの転写活性抑制機能を減弱させること、およびRbの細胞増殖抑制効果を減弱させることが報告されている。また2003年には、大腸癌、腎癌でche-1のmRNAの発現量が正常組織と比較して減弱していること、また大腸癌細胞にche-1を過剰発現させるとp53-independentにp21を誘導しG1期に細胞周期が停止することが報告されている(関連文献2)。このようにChe-1は細胞増殖や転写に関わることがわかっているが、DNA傷害に対してChe-1がどのような役割を果たすかは明らかにされていない。
 今回の論文の目的はDNA傷害に対するChe-1の役割を明らかにすることである。まず大腸癌細胞であるHCT116を用いてdoxorubicin(Dox)を投与すると、p53の発現に先立ってChe-1の発現が認められた。この発現はp53ノックアウトのMEFにおいても同様に認められたため、p53 independentの反応といえる。またcycloheximide(CHX)投与によりタンパク合成を抑制して、分解速度を調べると、Dox投与群においてChe-1の安定化が認められた。次にDNA損傷チェックポイントとChe-1との関与について検討した。カフェインを投与するとDox投与後のChe-1の発現が減少し、安定化も減弱したことより、ATM/ATRの関与が示唆された。そこで免疫沈降法によりATMとChe-1との結合を調べるとDox投与下においてこれらが複合体を形成することがわかった。またATM/ATRによるリン酸化がin vitroで確認できている。Che-1には3個のATM/ATRコンセンサス配列があり、そのうちSer187がリン酸化されることがわかった。またSer187をアラニンに置換した変異体ではリン酸化が減弱し、Dox投与後の安定化も見られないことからATM/ATRによるリン酸化がDNA傷害時におけるChe-1の安定化に必要であることが示唆された。また同様にチェックポイントにおけるATM/ATRの基質であるChk2の関与について調べるとATM/ATRと同様にDox投与下でChe-1と複合体を形成し、Ser141、Ser474、Ser508がリン酸化されることがわかった。これら3つの部位を全てアラニンに置換した変異体ではChe-1のリン酸化が認められず、Dox投与時の安定化も認められないことより、ATM/ATRと同様にDNA傷害時におけるChk2によるリン酸化も安定化に必要であることが示唆された。
 次にDNA傷害時にChe-1の発現がおよぼす影響について検討している。Che-1がRNAポリメラーゼ結合タンパク質であることより遺伝子の転写に関わることが予想された。そこでChe-1を過剰発現させた状態で誘導される遺伝子をRT-PCRを行い検討すると、p53およびp21をはじめとするp53標的遺伝子の発現が増加することが認められた。ルシフェラーゼレポーターアッセイにおいてもp53の転写活性はChe-1の過剰発現により増加することが示された。Doxを加えた時にsiRNAでChe-1をノックダウンした状態では、これらの遺伝子の発現が減少することより、DNA傷害時にChe-1はp53の転写を活性化することが示唆された。
  続いてChe-1がp53およびp21のプロモーター領域と結合しているかを調べるため、CHIPを行なっている。するとDox投与時にChe-1と結合するp53のNF-κB結合領域およびp21のSp-1結合領域のプロモーターが劇的に増加した。しかしこれらの反応はChe-1のATM/ATR、Chk2のリン酸化部位4箇所全てをアラニンに置換させた変異体では起こらなかった。つまりDNA傷害によるChe-1のリン酸化が、Che-1のp53あるいはp21のプロモーターへの集積に必要であることが示唆される。
 また、この論文ではChe-1の細胞周期に及ぼす影響についても検討している。Che-1を過剰発現させた状態での細胞周期についてFACSを用いて調べると、コントロールと比較してG2/M期に集積した。これはDoxを加えるとさらに顕著に見られた。またsiRNAでChe-1をノックダウンした状態で放射線照射を行い、同様に細胞周期を見るとコントロールではG2/M期に集積するのに対し、ノックダウンした群ではG1期への細胞周期の進行が見られた。つまりChe-1がG2/Mチェックポイントに働いていることが示唆された。
最後にChe-1の抗癌剤への感受性への影響について検討している。HCT116細胞にMycタグをつけたChe-1、および4箇所のリン酸化部位をアラニンに置換した変異体をそれぞれ導入し、Doxに対する感受性につきコロニーフォーメーションアッセイを行い検討すると、Che-1を発現させた群はDox抵抗性を示した。変異体はコントロールと同様の感受性であった。また同様の実験をp53欠損細胞で行なうと感受性の低下は見られなかった。反対にsiRNAでChe-1をノックダウンした状態で同様の実験を行なうとDoxに対する感受性が亢進した。このことはDox抵抗性の細胞においても同様の結果を示したが、p53欠損細胞においては効果がなかった。また正常の線維芽細胞で同様の実験を行なうと、ノックダウンした群は反対にDox抵抗性を示した。
 以上をまとめると、Che-1はDNA損傷が生じた時にATM/ATRおよびChk2と複合体を形成しリン酸化され、安定化し、p53あるいはp21のプロモーターに集積する。そしてp53の転写活性を促進し、またG2/Mチェックポイントにより細胞周期を停止させる役割を果たす。さらにChe-1は抗癌剤の感受性にも影響を与えると考えられる。DNA損傷に対する細胞応答における重要なATM-p53経路は様々な報告があり、複数のメカニズムが存在すると思われる。今回の論文においてもChe-1がATM/ATR-Chk2-p53の経路に関与することが証明された。今後はChe-1について、分解系などさらなる解明が期待される。また今回の論文ではChe-1をノックダウンすることにより、抗癌剤の感受性が亢進することが示された。更に抗癌剤抵抗性の細胞においても効果があったこと、正常細胞には影響を与えなかったことより、Che-1が抗癌剤治療において、副作用を最低限に留めつつ、治療効果を高めることのできるターゲットになる可能性がある。今後、臨床応用にもつながることが期待される成果である。

<関連文献>
1. Maurizo Fanciull, Tiziana Bruno, Monica Di Padova, Roberta De Angelis, Simona Iezzi, Carla Iacobini, Aristide Floridi and Claudio Passananti Identification of a novel partner of RNA polymeraseⅡ subunit 11, Che-1, which interacts with and affects the growth suppression function of Rb. FASEB J. 14, 904-912(2000)
2. Monica Di Padova, Tiziana Bruno, Francesca De Nicola, Simona Iezzi, Carmen D`Angelo, Rita Gallo, Daniela Nicosia, Nicoletta Corbi, Annamaria Biroccio, Aristide Floridi, Claudio Passananti, and Maurizo Fanciull Che-1 arrests human colon carcinoma cell proliferation by displacing HDAC1 from the p21WAF1/CIP1 promoter JBC 278, 36496-36504(2003)