神経膠腫の幹細胞はDNA損傷応答を選択的に活性化することにより放射線抵抗性を促進する
論文標題 | Glioma Stem Cell Promote Radioresistance by Preferential Activation of the DNA Damage Response |
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著者 | Bao S, Wu Q, McLendon RE, Hao Y, Shi Q, Hjelmeland AB, Dewhirst MW, Bigner DD, Rich JN. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nature, 444, 756-760, 2006. |
キーワード | グリオブラストーマ , 癌幹細胞 , CD133 , DNA損傷 , ATM |
グリオブラストーマ(Glioblastoma、神経膠芽腫)は,世界保健機関(WHO)診断基準のグレードIVに分類される神経膠腫であり,ヒトの悪性腫瘍の中でも最も悪性度の高いものの1つである。電離放射線は最も効果的な治療法であり,大部分の癌細胞は破壊できるが,一部の腫瘍細胞集団において再発するという放射線抵抗性が生じるため,放射線治療は対症療法にしかならない場合もある。これまで,神経膠芽腫に対する放射線抵抗性の機構は明らかにされていなかった。
これまでがんは正常細胞の染色体に異常が入ることで発生する均一な細胞集団として扱われてきた。しかし近年,がん細胞の集団の中に混ざっている「がん幹細胞」が、がん細胞を生産する供給源であるという概念が広まっており、それを支持する研究成果が最近多く報告されている。がん幹細胞という考え方は,1980年代に白血病のがん細胞に幹細胞のような特徴を持つ細胞が存在するという報告が始まりであり,1997年にトロント大学のグループが白血病のがん幹細胞の存在を突き止めた(1)。その後,種々のがん幹細胞が同定され,2003年と2004年には、脳腫瘍の幹細胞の存在が相次いで報告された(2, 3)。この脳腫瘍の幹細胞は,幹細胞のマーカーであるCD133(Prominin-1)を発現し,自己複製能と多分化能,そして強い腫瘍形成能を有する。
今回,デューク大学Baoらの研究グループは、この幹細胞そのものが、神経膠芽腫の放射線抵抗性に寄与するということを初めて明らかにした(4)。脳腫瘍患者の神経膠芽腫組織から分離した細胞を培養し電離放射線を照射したところ,CD133を発現する細胞,すなわちグリオーマ幹細胞の数が,約4倍に増加した。また,神経膠芽腫組織片をマウスの前頭葉に移植したin vivoの実験でも,放射線照射によりCD133陽性細胞数が増大した。放射線はDNAに損傷を与え,がん細胞を死滅させる。Baoらは,グリオーマ幹細胞のもつDNA修復機構が他のがん細胞より優れているため,DNA損傷に対して抵抗性を示し,残存・増殖するとの仮説を立てた。放射線処理後,CD133陽性細胞におけるpATM,pRad17,pChk1やpChk2などといったDNA損傷チェックポイントたんぱく質の発現は,CD133陰性細胞よりも強く誘導されることが明らかとなった。したがって,グリオーマ幹細胞ではこれらの活性が高いため,DNA損傷を効率よく修復し,放射線治療により細胞が死滅する可能性が低下することが判明した。チェックポイントタンパク質阻害剤であるDebromohymenialdisineで前処理したところ,放射線照射後の生存細胞数が顕著に減少した。放射線とこの阻害剤の併用により,細胞の修復能力が低下し,がん細胞を死滅できた可能性がある。Baoらは「神経膠芽腫に含まれるCD133陽性細胞は,神経膠芽腫の放射線抵抗性を引き起こす細胞集団であり,放射線照射後の再発はこれに起因する可能性がある。がん幹細胞のDNA損傷チェックポイント応答を標的にすれば,放射線抵抗性を克服できる可能性があり,悪性脳腫瘍の治療に役立つ」とまとめている。
<語句説明>
Debromohymenialdisine: Merk Biosciences, Calbiochemの情報によればDebromohymenialdisine, Stylotella Aurantium (DBH)は選択性の高いG2期チェックポイントキナーゼ阻害剤(IC50 = 8 microM), チェックポイントキナーゼChk1(IC50 = 3 microM),, Chk2 (IC50 = 3.5 microM) の活性を阻害する。阻害効果はATP競合的である。分子量: 245.2. Ref. Curman D., et al. 2001, JBC 276, 17914.
文献
(1) Bonnet, D. and Dick, J.E., Human acute myeloid leukemia is organized as a hierarchy that originates from a primitive hematopoietic cell. Nature Med. 3, 730-737 (1997).
(2) Hemmati, H.D. et al., Cancerous stem cells can arise from pediatric brain tumors. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 100(25), 15178-15183 (2003).
(3) Singh, S.K. et al., Identification of human brain tumour initiating cells, Nature 432, 396-401 (2004)
(4) Bao, S. et al., Glioma stem cells promote radioresistance by preferential activation of the DNA damage response. Nature 444, 756-760 (2006).