水素は選択的に細胞毒性酸素ラジカルを減らすことにより治療的抗酸化剤として働く。

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　通常スーパーオキシドはミトコンドリアの電子伝達系やクレブス回路の電子漏れから生じることが知られている。また代謝系のオキシダーゼ酵素であるNADPHオキシダーゼやキサンチンオキシダーゼによっても産生される。SODはスーパーオキシドを過酸化水素に変え、さらにカタラーゼやグルタチオンパーオキシダーゼによって無毒化される。過剰なスーパーオキシドはFe3+ や Cu2+を還元する。これら金属イオンが過酸化水素と反応してヒドロキシルラジカルを生成する。現在のところ、ヒドロキシルラジカルを選択的に解毒する消去系は見つかっておらず、ヒドロキシルラジカルの消去は抗酸化作用を考える上において重要である。スーパーオキシドや過酸化水素、さらに一酸化窒素等はシグナル伝達や生理機能の制御さらには免疫細胞の殺菌機能などに役立っているがヒドロキシルラジカルの生理学的役割は知られておらず、徹底的に消去するべき対象分子である。著者らは水素分子がヒドロキシルラジカル以外の活性酸素種に影響せずに、ヒドロキシルラジカルが誘導する細胞毒性を弱める働きがあることを見いだし、水素分子の新たな治療への応用を検討した。
　ミトコンドリア呼吸系コンプレックスIII阻害剤であるアンチマイシンＡ、同コンプレックスI阻害剤であるメナジオン、およびフェントン反応処理の３種類の異なる方法でPC12培養細胞に酸化ストレスを与え、これに水素を加えると最も細胞毒性の高い活性酸素種であるヒドロキシルラジカルを減少させ効率的に細胞を防御した。選択的にヒドロキシルラジカルを消去していることは、HPFの蛍光強度の低下およびスピン捕捉法で確認された。また、無細胞系での検討で、水素分子がヒドロキシルラジカルと顕著に、またONOO-とも反応することが判明したが、生理活性を持つ他の活性酸素種（スーパーオキシド、過酸化水素、一酸化窒素）とは反応しなかった。さらにラット脳の虚血再還流をモデルに実験を行ったところ、水素分子の吸入は脳の損傷を抑え、抗酸化治療への利用可能性が示された。
　一般に水素分子の反応性はそれほど高くないので、特に反応性の高いヒドロキシルラジカルとのみ反応するとも考えられる。また、 水素分子は細胞内の膜でも拡散してすべてのオルガネラに到達しうるため効率がよい。さらに、肝臓でも虚血再還流による損傷を防御する。水素分子は安全で、また、生理食塩水に溶解して血中投与も可能であるため、副作用の少ない効果の高い抗酸化薬として、応用範囲は広いと思われる。

＊コメント：　水素原子とヒドロキシルラジカルとの反応は極めて速い（＞1010）が、水素分子との反応速度定数は4.2 x 107 Lmol-1s-1と低い。何故、上記の系で水素分子が選択的にヒドロキシルラジカルを消去するか興味あるところであり、放射線生物学的にも水素分子の役割を再検討する価値がある。

＜用語＞
ヒドロキシルラジカル(・OH)：ヒドロキシラジカル、水酸基ラジカル、水酸化ラジカルとも称される水の放射線分解で生じる代表的フリーラジカルである。多くの核酸、アミノ酸、脂質等の生体分子との反応速度定数は高く、放射線の間接作用の原因である。
PC12細胞：ラット副腎髄質褐色細胞腫瘍由来の培養細胞で、神経成長因子の添加により交感神経細胞様に分化する。
HPF：2-[6-(4’-hydoxy)phenoxy-3 H-xanthen-3-on-9-yl] benzonate. ヒドロキシルラジカルとの選択性が高いとされる蛍光試薬。ONOO-とも反応する。
スピン捕捉法：短寿命のフリーラジカルをスピン捕捉剤と反応させ、長寿命化して電子スピン共鳴装置で測定する方法。ヒドロキシルラジカルの測定にスピン捕捉剤としてDMPO (5,5-dimethyl-1-pyrroline N-oxide)がよく用いられる。

＜参考文献＞
ミトコンドリアでの活性酸素に関する総説
Turrens, J.F.: Mitochondrial formation of reactive oxygen species. J. Physiol. (Lond.)
552, 335-344 (2003).

ヒドロキシルラジカルと各種分子等との反応速度を集めたデータ集
Buxton, G.V., Greenstock, C.L., Helman, W.P. & Ross, A.B. Critical review of rateconstants for reactions of hydrated electrons, hydrogen atoms and hydroxyl radicals
( OH/ O-) in aqueous solution. J. Phys. Chem. Ref. Data 17, 513-886 (1988).

脳神経における虚血細胞損傷に関する総説
Lipton, P.: Ischemic cell death in brain neurons. Physiol. Rev. 79,
1431-1568 (1999)