リン酸化世界とユビキチン化世界をつなぐ架け橋:RNF8 ユビキチンリガーゼ
論文標題 | RNF8 Ubiquitylates Histones at DNA Double-Strand Breaks and Promotes Assembly of Repair Proteins |
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著者 | Mailand N, Bekker-Jensen S, Faustrup H, Melander F, Bartek J, Lukas C, Lukas J. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cell, 131, 887-900, 2007. |
キーワード | DNA損傷 , 53BP1 , BRCA1 , MDC1 , ヒストン |
DNA二重鎖切断(DSB)シグナル伝達において重要な役割を担う新しい分子としてRNF8が名乗りを挙げた(1-3)。DSB部位に集積する過程で最初に起こると考えられるのが、ヒストンH2AXのSer139のリン酸化である(γ-H2AXと呼ばれる)。γ-H2AXはリン酸化依存的なタンパク質相互作用により、BRCT、FHAドメインを有する種々のタンパク質をDSB部位周辺に動員、繋留すると考えられている。その中で、MDC1はH2AXと直接に相互作用し、最も早くDSB部位へ動員される。一方、BRCA1や53BP1はMDC1より遅れてDSB部位に動員される。MDC1の発現をsiRNAで抑制すると、BRCA1、53BP1のDSBへの集積が低下することから、MDC1がBRCA1、53BP1のDSBへの動員に重要な役割を担うことが示唆された。しかし、その機序は明らかでなかった。BRCA1も53BP1もBRCTドメインを有することから、リン酸化依存的なタンパク質相互作用は一つの可能性として考えられる。しかし、MDC1のリン酸化は53BP1のDSB部位への動員に必要であるが、53BP1がリン酸化されたMDC1に直接結合しない。一方、BRCA1のDSB部位への動員機構については、今年、RAP80 とAbraxasが必要であることが明らかになった(1-4)。RAP80はubiquitin-interacting motif (UIM)を持っている。更に、ZhaoらによってUBC13が、DSBの修復やシグナル伝達にも重要であることが示された(5)。この論文では、更に、UBC13はヒストンH2AおよびH2AXをユビキチン化し、BRCA1のDSB部位への動員に必須であることを示している。今回の論文は、MDC1とBRCA1、53BP1の間の「ミッシング・リンク」がRNF8であることを示したものである。RNF8は2001年に、岐阜大学のItoらによって、ユビキチン化酵素E2であるUBE2E2に結合する分子として見出された(6)。その後、同じグループにより、Retinoid X receptorと結合して、その転写活性化を促すことが示された(7)。昨年になって、RNF8がUbc13と相互作用し、ユビキチン化活性を促進することが報告された。これは今から考えれば示唆的であったとも思えるが、機能に関しては非常にミステリアスな分子であった。Mailandらは、既知のDNA DSB修復因子と共通のモチーフを有するタンパク質群の中で、DSB部位に集積する分子を探索し、その1つとして、RNF8を見出した。Huenらは、以前、Chfrという分子が、M期におけるAurora Aキナーゼの調節に重要であることを報告している。RNF8はChfrと同様、FHAドメインとRINGドメインを持つことから、今回、RNF8に注目した。Kolasらは、上述の「矛盾」を解消すべく、500種類の分子に対するsiRNAを逐次導入して53BP1のフォーカス形成に関わる分子を探索し、MDC1、Ubiquitin、そしてRNF8を見出した。3つの論文はいずれも以下のことを示している。
1)RNF8はFHAドメインでMDC1のリン酸化部位(T699、T715、T752、T765)と相互作用してDSB部位にDSB部位へ集結。
手法としては、レーザー照射された軌跡への集積、放射線照射後のフォーカス形成を用いている。更に、MDC1の発現をsiRNAで抑制すると、RNF8の集積が起こらなくなること、また、MDC1の4つのスレオニンリン酸化部位や、RNF8のFHAドメインに変異を導入しても集積が起こらなくなることを示している。SQ/TQはよく知られたATM/ATR/DNA-PKのコンセンサス配列である。また、FHAがリン酸化スレオニンを含むペプチドに対する結合モジュールであることもよく知られている。ちなみに、これを最初に示したのが、論文3の著者に入っているJacksonとDurocherである。従って、DSBに応答してATM(あるいはATR、DNA-PK)によってMDC1がリン酸化を受け、RNF8がそのFHAドメインを介して結合すると考えられる。なお、上記の4つのリン酸化部位はいずれもTQXFの配列となっている。+1部位のグルタミンはATMなどによるリン酸化部位に一般的に見られるが、+3部位にフェニルアラニンが存在すること、しかも、それが699番目から765番目までの狭い領域に集中していることは特徴的である。Huenらは、ペプチドライブラリーを用いて、RNF8のFHAドメインは+3の位置にフェニルアラニンあるいはチロシンを持つペプチドに対する親和性が高いことを示している。さらに、この論文では、RNF8のFHAドメインとリン酸化ペプチドのX線結晶回折による構造解析を行っている。その結果から、リガンドの+3に対面する部位は、Rad53のFHAドメインと比べて深くえぐれており、大きなアミノ酸残基でも収まること、また、疎水性アミノ酸であるバリン(V110)、ロイシン(L112)と含硫アミノ酸であるシステイン(C55)、メチオニン(M58)が存在し、芳香環との相互作用がしやすい構造になっていることを指摘している。
2)RNF8およびそのFHA、RINGドメインがBRCA1(およびRAP80)、53BP1のDSB部位に必要であること。いずれもRNF8ノックダウン、あるいはFHA、RINGドメインに変異を導入すると、BRCA1(およびRAP80)、53BP1のDSBへの集積が起こらなくなることを示している。FHAドメインはRNF8自身の動員に必要であることは上で述べた通りである。そして、RINGドメインはユビキチンリガーゼの触媒部位と考えられることから、ユビキチン化活性がBRCA1や53BP1の動員に必要であることを示すものである。
3)RNF8がDSBに応答したヒストンH2AXなどのユビキチン化に関与すること。モノクローナル抗体FK2は、重合したユビキチンのみに反応し、単量体のユビキチンには反応しない特性を持つ。2004年にMorrisとSolomonによって、このFK2抗体を用いて、DNA損傷部位周辺においてユビキチン化が起こることを報告した(9)。今回の3つの論文ではいずれも、RNF8の発現をsiRNAで抑制したり、RINGドメインに変異を加えたりすると、これが見られなくなることを示している。また、この状況がUBC13に対するsiRNAを作用させた場合と酷似していることから、E3であるRNF8はE2であるUBC13と協同してDNA損傷部位近傍においてタンパク質のユビキチン化を行うのであろうと推察している。なお、ユビキチン化されているタンパク質の少なくとも一部はヒストンH2AX(あるいはH2A)であると考えられている。そこで、H2AXおよびH2Aのウェスタン・ブロットを行い、これらの分子のユビキチン化が増強されること、RNF8のsiRNAを作用させるとそれが起こらなくなることを示している。更に、Mailandらの論文では、大腸菌で発現させた組換えタンパク質を用いた実験を行い、RNF8がH2A、H2AXをユビキチン化する活性を持つことを示している。
4)RNF8がDNA損傷への応答に重要であること。 RNF8の発現をsiRNAで抑制すると、放射線感受性の上昇、G2/Mチェックポイント異常が認められることを示している。整理すると、DSB生成からBRCA1、53BP1の動員に至る過程について、継のようなモデルが考えられる。①Nbs1/Mre11/Rad50複合体を介してATMが損傷部位に動員され、活性化する。②活性化したATMは、ヒストンH2AX(Ser139)をリン酸化する。③そこに、MDC1が結合し、ATMによるリン酸化を受ける。④MDC1のTQXF配列のリン酸化状態を認識してRNF8が結合する。⑤RNF8は近傍のヒストンH2AおよびH2AXをユビキチン化する。⑥RAP80はユビキチン化ヒストンに結合し、Abraxasを介して、BRCA1を損傷部位に動員する。 一方で、依然、53BP1の動員機構については謎が残る。ヒストンのユビキチン化が起こるまでの過程は、BRCA1と共通だと考えられるが、53BP1についてはRAP80のようなUIMを持つアダプター役の分子が知られていない。しかし、53BP1はそのTudorドメインを介してメチル化ヒストンに結合することが示されている。ユビキチン化との関係は明らかでないが、ユビキチン化によりクロマチン構造が弛緩し、53BP1がメチル化ヒストンを見つけやすくなる、というのは一つの可能性である。今回の3つの論文は、RNF8はリン酸化ペプチド結合に関与するFHAドメインとユビキチン化の触媒機能を担うRINGドメインを併せ持つことで、DNA損傷応答におけるリン酸化の世界とユビキチン化の世界をつなぐ架け橋であることを示したと言えるだろう。
<参考論文>
1. Kim,H., et al. Ubiquitin-binding protein RAP80 mediates BRCA1-dependent DNA damage response. Science 316, 1202-1205 (2007).
2. Sobhian,B., et al. RAP80 targets BRCA1 to specific ubiquitin structures at DNA damage sites. Science 316, 1198-1202 (2007).
3. Wang,B., Matsuoka,S., Ballif,B.A., Zhang,D., Smogorzewska,A., Gygi,S.P. and Elledge,S.J. Abraxas and RAP80 form a BRCA1 protein complex required for the DNA damage response. Science 316, 1194-1198 (2007).
4. Yan,J., et al. The ubiquitin-interacting motif containing protein RAP80 interacts with BRCA1 and functions in DNA damage repair response. Cancer Res. 67, 6647-6656.
5. Zhao,G.Y., et al. A critical role for the ubiquitin-conjugating enzyme Ubc13 in initiating homologous recombination. Molecular Cell 25, 663-675 (2007).
6. Ito,K., et al. N-terminally extended human ubiquitin-conjugating enzymes (E2s) mediate the ubiquitination of RING-finger proteins, ARA54 and RNF8.
7. Takano,et al. The RING finger protein, RNF8, interacts with retinoid X receptor alpha and enhances its transcription-stimulating activity. J.Biol.Chem. 279, 18926-34 (2004)