日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

Chk2遺伝子の欠損により妊娠能力が回復されたため、卵母細胞におけるDNA損傷チェックポイント経路が明らかになった

論文標題 Reversal of female infertility by Chk2 ablation reveals the oocyte DNA damage checkpoint pathway
著者 Bolcun-Filas E, Rinaldi VD, White ME, Schimenti JC
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Science, 343, 533-536, 2014
キーワード Chk2 , 卵母細胞 , DNA損傷チェックポイント

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遺伝子は細胞または個体の生命活動を司り、次世代の形質を支配する。そのため、生体を構成する全ての細胞の核に遺伝子を正しく分配し、次世代に適切に遺伝子を伝えることが必要とされる。受精能の向上、産子の健康状態、そして種の維持のためにゲノムに異常のない配偶子の生産が重要である。しかし、細胞内の遺伝子の本体である DNAは様々な要因により、常に傷害を受けている。特に、最初の減数分裂における適切な対合と相同染色体の分離、相同組み換えが要求されるプロセスと、正確な二重鎖切断(DSB)修復プロセスが重要とされる。減数分裂における遺伝的エラーは、先天性疾患や流産を引き起こすことが知られている。これまで卵巣などのDNAが損傷された場合に起こるチェックポイントメカニズムの性質は謎につつまれていた。今回紹介する論文では、減数分裂で誘発されたDSBが修復されなかった場合に、マウス卵母細胞を排除するためにChk2が必要であることが報告された。
 Chk2はATMキナーゼの下流にあるエフェクターである。細胞がDNA損傷を受けると、Chk2キナーゼはリン酸化され、活性化する。活性化Chk2はp53やCDC25Aなどをリン酸化し、細胞周期の停止やアポトーシスを誘導することが知られている。ATMやATRとは異なり、Chk2ノックアウトマウスは正常に誕生、成育する。筆者らは、減数分裂でのDNA損傷チェックポイントでChk2がどのような働きを行っているか調べた。DMC1は減数分裂期組換えに必須であり、欠損すると不妊となる。DMC1とChk2の二重欠損マウスを作製し、表現型の解析を行った。
 3週齢の各ノックアウトマウス卵巣の組織切片を観察すると、WTとChk2-/-では維持されている卵胞が、DMC1-/-マウスの卵巣内では消失していた。ところがDmc1-/-Chk2-/-マウスでは卵胞が確認された。このため、Chk2は卵巣の卵胞形成におけるDNA損傷チェックポイントを担っていることが示唆された。これを検証するために、減数分裂に異常を来すTrip13Gt/Gtマウスを利用した。Trip13Gt/GtはNCO型組み換え体のDSB修復を完了することができないため、3週齢で原始卵胞と発生中の周囲の卵母細胞が同時に除去される。このため、卵母細胞でDNAの損傷チェックポイントが存在することが裏付けられた。新生児期卵母細胞の二重免疫染色を行った結果、Trip13Gt/GtChk2-/-卵母細胞はDSBが修復されないまま、卵細胞増殖休止期へ発生することが明らかとなった。しかし妊娠能力の無いTrip13Gt/Gt雌マウスと異なり、Trip13Gt/GtChk2-/-雌マウスは妊娠能力があり、産子を得た。また、2ヶ月齢のTrip13Gt/GtChk2-/-卵母細胞ではDNA損傷のレベルがコントロールと変わらないため、筆者らは出生後に未知の機構によってDSBは修復されると考えた。
 一般的に、Chk2は有糸分裂期にp53へシグナルを送るといわれている。キイロショウジョウバエでは、SPO11によって誘発された損傷に応じて、CHK2依存的なp53活性化が起こることが報告されている。筆者らは、Trip13Gt/Gtp53-/-マウスの表現型を解析したところ、Trip13Gt/Gtマウスの卵母細胞除去はp53の欠失によって部分的に回復することが分かった。p63はp53のパラログであり、その中でもトランス活性化p63(TAp63)が主に存在する。TAp63は、DNA損傷チェックポイントの誘導と同時に、第一分裂前期の厚糸期後半から複糸期に現れる。電離放射線(IR)を照射して卵巣にDNA損傷を誘導すると、p63ポジティブな原始卵胞の欠失とTAp63のリン酸化が、Chk2依存的に起こることが明らかになった。これより、減数分裂期でのプログラムやDSBの誘発によって、Chk2依存的なp53とp63の活性が起こり、これによって卵母細胞の除去が生じるということが示唆された。
 以上の結果より、筆者らは、減数分裂期に誘発されたDSBを修復できなかった卵母細胞を除去するために、Chk2が必要であると結論した。
 また、筆者らはChk2の上流の活性化物質について、ゲノム安定性を制御するATRが減数分裂でのDSBに局在するため、マウス卵母細胞のDNA損傷チェックポイントは、ATRのシグナルを介すのではないかと提言した。
 この研究におけるデータは、原始卵胞プール減少への関連性、早期卵巣機能不全を解明するための手がかりとなるため、非常に興味深い。また、CHK2欠損マウスは正常に成育するように見え、またChk2阻害剤は既に供給されているため、Chk2は魅力的なターゲットである。現在、卵母細胞でChk2不活化させると、染色体異常や紡錘体異常を引き起こすことより、Chk2がマウス卵母細胞成熟と初期発生の間、細胞周期進行と紡錘体集合を管理することが明らかとなっている。このようなChk2の生殖細胞についての機構が明らかになることで、高齢出産に伴う諸問題の解決や不妊治療の研究への貢献が期待される。