ゲノム監視機構で見た組織幹細胞のstemnessの維持
論文標題 | Stem cell defects in ATM-deficient undifferentiated spermatogonia through DNA damage-induced cell-cycle arrest |
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著者 | Takubo K, Ohmura M, Azuma M, Nagamatsu G, Yamada W, Arai F, Hirao A, Suda T. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cell Stem Cell, 2, 170-182, 2008. |
キーワード | 精原幹細胞 , ATM , p21 , INK4A , p53 |
近年はiPS細胞が大きく取り上げられるなど、幹細胞研究が注目を浴びている。再生医療への応用など重要な課題も多いが、基礎科学として改めて幹細胞は何ぞやと問いかける研究も益々重要になってきている。細胞表面マーカーによる純化技術で造血幹細胞、神経幹細胞、間質系幹細胞、精原幹細胞など組織幹細胞の存在および特徴が次々に明らかになってきた。それらに共通して発現している機構あるいは逆に異なる機構を調べることで、幹細胞らしさの本質を捕まえようとする研究が今面白い。
今回、須田らのグループは、精原幹細胞の維持にATMが重要な役割を果たしていることを報告した。須田らはこれまでに造血幹細胞(HSC)の維持にATMが重要な役割を果たしていることを報告していた(1)。ATMを欠損させたマウスでは、純化したHSC(CD34-/low, Thylow, Tie2+ KSLのいずれも)が減少しており、コロニー形成能、骨髄再構築能が落ちていることを見出した。精原幹細胞(GSC)の場合、幹細胞マーカーで純化(EpCAM+, a6-integrin+, c-kit-, PLZF+)すると、ATM欠損マウスのGSCではside population (SP) phenotypeが減少し、静止期マーカーであるPyronin Y陰性分画が減少していることを見出した。これらのことから、この2種の幹細胞ではATMが共通してstemness維持に重要な役割を果たしていることを意味している。
では、これらの幹細胞のstemnessの維持に異なる機構はあるだろうか。HSCの場合、in vitroでもin vivoでもATM欠損マウスではp16 Ink4aとp19 Arfの発現誘導が起こったが、p21の発現誘導は起こらないことが分かった。P16 Ink4aとp19 ArfはそれぞれRbファミリーのリン酸化阻害、mdm2活性化の阻害によるp53タンパク分解の抑制に働く。これらのどちらがHSCの自己複製能に障害をもたらすかを調べるとp16 Ink4aの発現がHSCの自己複製能の維持に重要であることが分かった。一方で、GSCの場合、ATM欠損マウスではp19の発現誘導と同時にp21の発現誘導も起こることが分かった。このことは、p19のmdm2活性化阻害によってp53タンパクの発現が維持され(2)、p21の発現もまた維持されたものと考えられる。
これらの違いを考察して、組織幹細胞でも生殖系列を預かる精原幹細胞は他の幹細胞に比べればより厳しいゲノム監視機構を備えていると考えると理にかなっていると結論付けている(1)。それは例えばATMのような極めて重要な遺伝子が欠損するという状況にあっても、それに対応しようとする選択的な応答なのか興味深い点である。幹細胞の本質を追究することは生命の本質を理解することと同義のような重要性を秘めており、さらに別の幹細胞での維持機構はどうか今後の研究が楽しみである。
<参考文献>
1. Ito, K., Hirao, A., Arai. F., Matsuoka, S., Takubo, K., Hamaguchi, I., Nomiyama, K., Hosokawa, K., Sakurada, K., Nakagata, N., Ikada, Y., Mak, T.W., and Suda, T. Regulation of oxidative stress by ATM is required for self-renewal of hematopoietic stem cells. Nature 431, 997-1002 (2004)
2. Sherr, C.J. Principles of tumor suppression. Cell 116, 235-246 (2004)