DNA損傷時に細胞生存を促すDNA-PKーPKBα/Akt1パスウェイ
論文標題 | PKBa/Akt1 acts downstream of DNA-PK in the DNA double-strand break response and promotes survival |
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著者 | Bozulic L, Surucu B, Hynx D, Hemmings BA. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Proc Natl Acad Sci USA, 105, 5117-512, 2008. |
キーワード | PKB , DNA-PK , DNA損傷 , Akt , 細胞死 |
DNA-PKはDNA二重鎖切断修復において中心的な役割を担うタンパク質リン酸化酵素であるが、生体内での基質についてはほとんど明らかになっていない。一方、Protein kinase B(PKB/Akt)は細胞生存において重要な役割を担う。今回、Bozulicらは、DNA二重鎖切断生成時にPKBα/Akt1がDNA-PKによって活性化され、細胞の生存を促すことを示した。
PKBの活性化機構については、2つの部位のリン酸化が鍵を握ることが示されていた。一つは、activation loop中のThr308、もう一つは、C末端の疎水性領域(Hydrophobic motif; HM)に位置するSer473である。前者はPDK1(3-phosphoinositide-dependent kinase 1)によって行われ、後者はmTORC2(mammalian target of rapamycin complex 2)によって行われることが示されていた。また、Ser473のリン酸化はさまざまなDNA損傷によって誘導されることが示されている。著者らのグループは以前、膜画分からSer473リン酸化酵素を精製し、それがDNA-PKであることを報告した(1)。
この論文では、まず、PKBのSer473およびThr308のリン酸化が放射線照射後に上昇することを示している。このリン酸化の上昇は、DNA-PK阻害剤NU7026、LY294002およびDNA-PKcs siRNAで抑制され、DNA-PKcsノックアウトマウス由来の線維芽細胞では見られなかった。これらのことから、リン酸化にDNA-PKが必要であることが示された。一方、ATMノックアウトマウス、およびATM/ATRダブルノックアウトマウス由来の線維芽細胞ではSer473、Thr308のリン酸化は正常に見られたことから、DNA-PKが特異的に関与していると考えられる。また、PDK1ノックアウトマウス由来の線維芽細胞では、Thr308のリン酸化はほとんど見られず、Ser473のリン酸化も顕著に減少していた。従って、DNA-PKcsに加えて、PDK1もPKBのSer473およびThr308のリン酸化に必要であると考えられる。
更に、免疫沈降実験により、放射線照射後にDNA-PKとPKBが結合することを示した。また、免疫蛍光染色により、Ser473がリン酸化されたPKBとDNA-PKcsおよびγ-H2AXとの共局在が認められた。細胞分画法においても、放射線照射後、核内でPKBのSer473リン酸化の増加が認められた。これらのことから、PKBがDNA二重鎖切断部位においてDNA-PKcsと協同して機能していることが示唆された。
では、PKBはDNA損傷応答に関わるのか? そこで,PKBα+/+、PKBα-/-、DNA-PKcs+/+、DNA-PKcs-/-マウス由来の線維芽細胞(以下、単に、PKBα+/+、PKBα-/-?、DNA-PKcs+/+、DNA-PKcs-/-細胞と記す)に放射線照射し、アポトーシス細胞の割合を調べたところ、PKBα+/+に比べてPKBα-/-で増加が見られた。また,DNA-PKcs+/+に比べてDNA-PKcs-/-細胞でアポトーシスの増加が見られ,その程度はPKBαの場合と同様であった。一方,PKBα-/-にPKBα遺伝子を導入した細胞(以下、PKBα-/-R細胞と記す)では、PKBα-/-細胞に比べてアポトーシス細胞が減少した。このことから、PKBαはDNA-PKcsに依存した形で放射線誘発アポトーシスを抑制していることが示された。一方、PKBβ、PKBγのダブルノックアウトマウス由来細胞では正常マウスと同等であったことから、放射線誘発アポトーシスの抑制にはPKBαが特異的に関わっていると考えられた。
それでは、PKBαはいかにして、DNA損傷時に細胞生存を促すのか? これを明らかにするために、10Gyのγ線照射4時間後、24時間後のPKBα+/+、PKBα-/-、PKBα-/-R細胞の遺伝子発現パターンをマイクロアレイで解析した。その結果、PKBα+/+細胞とPKBα遺伝子導入細胞で発現が上昇し、PKBα-/-で発現が変化しない遺伝子として、唯一p21waf1/cip1が見つかった(図5A左上のベン図の赤字の“1”)。また、PKBα+/+細胞で発現上昇した遺伝子群には細胞周期、DNA損傷応答に関わる遺伝子群やp53によって制御される遺伝子群が数多く見られた。これらのことから、PKBαを介したDNA損傷後の細胞生存において、p53によって制御される遺伝子群、特にp21の関与が考えられた。実際、p21の発現上昇はRT-PCR、Western blottingによっても確認され、また、PKBα-/-細胞では、S期チェックポイント異常が見られた。PKBα-/-細胞にp21遺伝子を導入すると放射線照射後の生存率が部分的ではあるが回復した。p21の発現異常はDNA-PK阻害剤NU7026およびLY294002処理後にも見られ、ここでもDNA-PKとPKBが協同していると考えられた。更に、この論文では、個体レベルでもPKBαが放射線照射後のp21制御に関わることを示している。
この論文はPKB、DNA-PKの両方について新しい機能を示した。PKBに関して言えばDNA損傷応答における機能、DNA-PKについてはPKBを介した生存シグナル調節およびp53-p21を介したS期チェックポイント制御における機能である。DNA-PKの細胞周期チェックポイントおよびp53制御に関する研究には長い歴史があるが、これまで、特に近年の報告の大部分は否定的で、DNA-PKよりATMあるいはATRがこれらのプロセスに関わることを支持している。本論文は、このように細胞周期チェックポイントおよびアポトーシスの制御機構について、従来の常識と異なる新たな可能性を提示するとともに、その担い手としてPKBを示した点で注目される。
一方で、新たな問題も提起された。PKBはいかにしてp53の転写活性化を促すのか? これまでに、PKBおよびその下流に位置すると考えられるGSK3(Glycogen synthase kinase 3)がMdm2をリン酸化することが報告されている(2,3)。これについては、従来、Mdm2を活性化し、p53分解を促進することで、アポトーシスを抑制するというコンテクストで捉えられてきた。しかし、この論文では、これとは逆に、PKBとp53は協同することを示している。PKBとp53をつなぐブラックボックスの解明が待たれるところである。
<参考論文>
1. Feng, J., Park, J., Cron, P., Hess, D., and Hemmings, B.A. (2004) Identification of a PKB/Akt hydrophobic motif Ser-473 kinase as DNA-dependent protein kinase. J.Biol.Chem. 279, 41189-41196.
2. Ogawara, Y., Kishishita, S., Obata, T., Isazawa, Y., Suzuki, T., Tanaka, K., Masuyama, N., and Gotoh, Y. (2001) Akt enhances Mdm2-mediated ubiquitination and degradation of p53. J.Biol.Chem. 277, 21843-21850.
3. Kulikov, R., Boehme, K.A., and Blattner, C. (2005) Glycogen synthase kinase 3-dependent phosphorylation of Mdm2 regulates p53 abundance. Mol.Cell.Biol. 25, 7170-7180.