日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

腫瘍組織内の間葉系幹細胞は乳がんの転移を促す

論文標題 Mesenchymal stem cells within tumour stroma promote breast cancer metastasis
著者 Karnoub AE, Dash AB, Vo AP, Sullivan A, Brooks MW, Bell GB, Richardson AL, Polyak K, Tubo R, Weinberg RA.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature, 449, 557-565, 2007.
キーワード 乳がん , 癌幹細胞 , 液性因子 , 転移 , 悪性化

► 論文リンク

 間葉系幹細胞は乳癌に局在する。この論文では、間葉系幹細胞の腫瘍内での生理的役割について調べられている。筆者らのグループは、以前に、Carcinoma associated fibroblast (CAF)が腫瘍成長を促すことを報告し、間質細胞が癌成長に重要な役割を果たすことを指摘している(参考論文1)。ここでは、移植した乳がん腫瘍の成長よりも、そこから肺へ転移する能力に着目した。はじめに、乳がん細胞単独よりも、間葉系幹細胞と共に乳がん細胞をマウスへ移植した方が肺へ転移しやすいということを示した。原発部と転移部の腫瘍をそれぞれ摘出して、さらにマウスへ移植し、それぞれの癌の成長や転移能を調べたところ、違いは見られなかった。このことから、転移した癌は、単に突然変異などにより悪性化したのではなく、間葉系幹細胞との相互作用により、可逆的な変化で転移しやすくなっていることが示された。では、間葉系幹細胞と乳がん細胞が共に存在することで引き起こされる可逆的変化は何か?これらの細胞の共培養時に特異的に分泌される因子をサスペンジョン・アレイを用いて探索したところ、CCL5という液性因子が間葉系幹細胞の単独培養時の約60倍も分泌されていることがわかった。詳細な解析の結果、CCL5は乳がん細胞と接着した際、間葉系幹細胞から分泌されていることがわかった。次に、CCL5を乳がん細胞に過剰発現させたところ、原発部の腫瘍成長は変化しなかったが、肺への転移能、遊走能が増加した。また、転移した肺で、CCL5発現がん細胞のアポトーシス抑制はみられなかった。これらのことから、間葉系幹細胞からのCCL5分泌、その受容体であるCCR5に依存したシグナルにより、乳がん細胞の遊走、血管からの浸潤が促され、転移が促進することが強く示唆された。しかし、ここで用いられた乳がん細胞(MDA-MB-231)とは別の乳がん細胞(MCF7/Ras, HMLER)の場合、CCL5とは別の因子が間葉系幹細胞による転移の促進に関与するらしく、CCL5が全ての間葉系幹細胞による癌転移促進に共通するわけではないようである。普遍的な機構についての詳細は不明であるが、腫瘍の微小環境における分泌因子を介した細胞間コミュニケーションが癌の悪性化に関わることが証明されたという点で興味深く、今後の展開が期待される。

<参考論文>
1;Orimo et al. Stromal Fibroblasts Present in Invasive Human Breast Carcinomas Promote Tumor Growth and Angiogenesis through Elevated SDF-1/CXCL12 Secretion, Cell 121, 335ー348, 2005.