日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

神経変性疾患におけるトポイソメラーゼ1-DNA複合体による新規損傷と修復メカニズム

論文標題 Aberrant Topposomerase-1-DNA Lesions are pathogenic in neurodegenerative genome instability syndromes
著者 Katyal S, Lee Y, Nitiss KC, Downing SM, Li Y, Shimada M,Zhao J, Russell HR,Petrini JJ, Nitiss JL, McKinnon PJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature Neuroscience, 17, 813-821, 2014
キーワード ゲノム不安定性 , 神経変性疾患 , DNA修復 , ATM , TDP1

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<はじめに>
 DNA損傷応答は放射線等による細胞外刺激に対する防御機構のみならず、細胞代謝により発生する内発生的な活性酸素由来のDNA損傷に対しても必須である。これまでにもDNA修復欠損が原因の遺伝性発生異常疾患が多く報告されている。毛細血管拡張性疾患 (Ataxia telangiectasia; AT 原因遺伝子ATM)、眼球運動失行症 (Oculomotor apraxia; AOA1 原因遺伝子APTX) 、脊髄小脳失調症 (Spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy; SCAN1 原因遺伝子TDP1) がそれである。いずれも小脳の萎縮といった脳神経発生に影響がでているのが特徴的である。今回我々のグループが脳で発生するトポイソメラーゼ1が関与する新規DNA損傷経路を発見したので紹介する。

<Top1 cleave complexのDNA損傷>
 活性酸素によるDNA損傷を受けると、修復を促進するためにトポイソメラーゼ1がDNA二重鎖に生じた超らせん構造(ねじれ)を解くために活性化する。その際、トポイソメラーゼ1はDNAに結合して作用するが、このトポイソメラーゼ1とDNAの複合体 (Top1cc) は修復が完了すると取り除かれなければならず、放置したままだと新たな損傷の原因になる可能性がある。このTop1ccの除去を行うのがTDP1という酵素である。
 一方、ヒトにおいてATMを原因とする毛細血管拡張性疾患とTDP1を原因とする小脳萎縮性疾患は小脳特異的な萎縮疾患として似た表現系を示す。そのため我々はATMのTDP1依存的なTop1cc除去活性への関与を検討した。ATMのノックアウトマウスの胎児の脳細胞を採取し、免疫複合体酵素アッセイ (Immune complex enzyme assay; ICE assay) によりTop1ccの量を測定すると、野生型マウスと比較して有意に増加していた。これはATMがTop1ccの解消又は除去に関与している事を示す。また、同様の実験結果がTDP1のノックアウトマウスでも得られた。
 ATMはリン酸化酵素であり、DNA損傷応答の際は様々なタンパク質をリン酸化する事により修復を促進する。Top1ccの除去にもATMのリン酸化活性が必要かを検討するためにATMリン酸化活性阻害剤を用いて同様の実験をしたところ、Top1ccは除去され、野生型と変わらない結果を示した。すなわち、ATMのリン酸化活性は必要ではなく、それ以外のATMの機能がTop1ccの除去に必要である事がわかった。

<ATMはTop1ccの分解に必要である>
 次にATM、TDP1の欠損によるTop1ccの残存がDNA損傷の促進につながっているかを検討するためにトポイソメラーゼ1の阻害剤であるカンプトテシン処理し、アルカリ性コメットアッセイによりDNA損傷を測定した。その結果、ATM、TDP1のノックアウトマウス由来アストロサイトでは顕著にDNA損傷量が増加していた。次にATMがTDP1のTop1cc除去活性に必要かどうかを生化学的なアッセイによりTDP1の活性を測定したところ、ATMのノックアウトマウス細胞では野生型細胞と比較して有意な差がなかった。これはATMがTDP1によるTop1ccの除去に関与していない事を示唆している。
 以前の報告でTop1ccはユビキチン化やSUMO化によるタンパク分解経路によりその量が制御されているという報告があり、それらへのATMの関与を検討した。 Top1cc損傷を増やすためにカンプトテシン処理後にTop1抗体を用いた免疫沈降を行った結果、ATMノックアウトマウス細胞ではTop1のユビキチン化及びSUMO化が減少していた。すなわちATMはTop1のユビキチン化、SUMO化による分解経路に必要である事が示唆された。
 上述してきたようにATMとTDP1がTop1ccの除去に関してそれぞれ別の経路で機能しているとすれば、ATMとTDP1ダブルノックアウトマウスはそれぞれのシングルノックアウトよりも重篤な症状を示すはずである。それらを検証するためにATMとTDP1のダブルノックアウトマウスを作製した。その結果、ダブルノックアウトマウスの胎児はそれぞれのシングルノックアウトマウスよりも小さく、シングルノックアウトマウスは正常に生まれてくるのに対してダブルノックアウトマウスではE13.5からE15.5の間に多くが死んでしまう事がわかった。

<まとめ>
 本論文において我々はトポイソメラーゼ1とDNA複合体の残存が原因で新たに生じるDNA損傷修復へのATMの関与を明らかにした。この経路はTDP1によるTop1ccの除去とは独立した経路である。これは一つの損傷にも複数の修復経路を用意し、厳重に損傷を除去しようとするものであり、改めて生物の慎重さに感服する次第である。
 疾患であるATやSCAN1は、小脳特異的な異常が見られるのが特徴的であり、本修復経路の欠損が何故、脳へ顕著に影響が見られるのかは謎のままである。臓器特異的なDNA損傷応答の影響へ言及したこれからの報告が期待される。