低線量の事前被ばくによる適応応答:X線誘発DNA損傷の調節か修復活性化か?
論文標題 | Pre-exposure to low doses: modulation of X-ray induced DNA damage and repair? |
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著者 | Cramers P, Atanasova P, Vrolijk H, Darroudi F, van Zeeland AA, Huiskamp R, Mullenders LH and Kleinjans CS. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiat Res. 64(4 Pt 1), 383-390, 2005. |
キーワード | 低線量放射線 , 適応応答 , γH2AX , 酸化ストレス , DNA損傷 |
低線量放射線によって誘導される適応応答の背景にある機構として、抗酸化機能の誘導により高線量で生じる活性酸素種が抑制されること(1, 2)、あるいは低線量によるDNA修復の活性化が考えられる(3, 4)。著者らはこの2つの観点から適応応答の機構を探った。適応応答を培養細胞で研究するときには、細胞周期の影響を受ける可能性を考慮しなければならない。そこで、事前照射によるDNA損傷の誘発とその修復の影響に注目するため、かつ、細胞周期の影響を排除するために、分裂停止細胞(リンパ球とコンフルエントな線維芽細胞)を用いた。著者らはDNA切断を測定するために、細胞個々のレベルで検出でき、長時間のインキュベーションや細胞分裂の必要がない測定法を選んだ。1つは、単一細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ)で、分裂停止細胞に対して鎖切断の誘発の定量と事前照射した細胞の修復の効率を可視化するのに適した方法である。また、もう1つはγ-H2AXの免疫染色で、DNA二本鎖切断とその修復を細胞1個のレベルで可視化できる手法である。
これらの手法を用いて、G0期のヒトリンパ球に0.1Gyの事前照射 (conditioning) を行った後、2, 4, 6 GyのX線の試験照射(challenge) を4時間後に行った。DSBのみならずSSBも検出されるアルカリ条件のコメットアッセイでは、事前照射をした細胞のDNA損傷(損傷像の形態からテールモーメントと呼ばれる指標)は事前照射をしない対照群と比較して有意に減少した。DSBのみを検出する中性条件では、テールモーメントの有意な減少は6Gyのみに観察された。コンフルエントのヒト初代線維芽細胞では、0.1Gyの事前照射の4時間後に2, 4, 6, 8Gyを試験照射した。アルカリ・中性の両方の条件で、事前照射によって6, 8Gy照射後のテールモーメントが顕著に減少した。しかし、2, 4 Gyでは差がなかった。低線量放射線の事前照射は切断数の抑制に効果があったものの、それは細胞の種類・線量によって若干異なる様相を示した。
リンパ球に0.1Gyの事前照射を行って4時間後に4Gyの試験照射を行い、コメットアッセイでDNA鎖切断の再結合を調べたところ、アルカリ条件あるいは中性条件のどちらでも事前照射のあるなしで再結合の速度に差は見られなかった。これは線維芽細胞の場合も同様であった。γ-H2AXのフォーカスの数の消失を2Gy照射から6時間まで調べたところ、線維芽細胞において25%のフォーカスが残っていた。コメットアッセイのテールモーメントによる評価では、2時間で85%が修復されたために、γ-H2AXの消失はこれよりも時間を要するものであった。著者らはリンパ球についてg-H2AXのフォーカス計数を検討していない。おそらくリンパ球が極めて小さい細胞であり、計数が困難であったためと思われる。この線維芽細胞に事前照射した場合としない場合で、試験照射後のγ-H2AXフォーカスの消失速度に差は見られなかった。このことは、分裂停止細胞への事前照射は鎖切断修復の活性化を誘導するものではないことを示唆している。著者らは、これが生島らが用いたセミコンフルエントのチャイニーズハムスター細胞でDSB修復が活性化したこと(3)とは異なる結果について、この違いを説明する一つの考え方は細胞のgrowthの状態であろうと考えている。そして、事前照射がDNA鎖切断の形成に及ぼす防護効果は、試験照射直後に測定しており、事前照射によるラジカルスカベンジャーの誘導の結果であると考えている。ただし、鎖切断の誘発に対する事前照射の防護効果は小さいものであった。
著者らの主張は次の3点に結論付けられる。
・適応応答では抗酸化機能というDNA切断を防御する機構が活性化されるが、その役割はおそらく限られていること
・事前照射した分裂停止細胞では鎖修復の活性化はなく、それゆえに鎖切断の修復活性化は適応機構からは除外できること
・細胞周期の動態が適応応答現象の重要な役割を担っていること
この論文は、直接抗酸化物質の測定にまでは及んでいない点など結論づけられる段階ではないが、細胞周期によって適応応答のメカニズムが異なるという見解は興味深いものである。
(関連文献)
(1) Lavel F. Pretreatment with oxygen species increases the resistance of mammalian cells to hydrogen peroxide and gamma-rays.
Mutat. Res. 201, 73-79 (1988)
(2) Rothfuss A, Radermacher P, Speit G. Involvement of hemeoxygenase-1 (HO-1) in the adaptive protection of human lymphocytes after hyperbaric oxygen (HBO) treatment.
Carcinogenesis 22, 1979-1985 (2001)
(3) Ikushima T, Aritomi H, Morisita J. Radioadaptive response: Efficient repair of radiation-induced DNA damage in adapted cells.
Mutat. Res. 358, 193-198 (1996)
(4) Le CX, Xing JZ, Lee J, Leadon SA and Weinfeld M. Inducible repair of thymine glycol detected by an ultrasensitive assay for DNA damage.
Science. 280, 1066-1069 (1998)