日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

骨髄由来細胞は小腸の正常及び形質転換した幹細胞と融合する

論文標題 Bone marrow-derived cells fuse with normal and transformed intestinal stem cells
著者 Rizvi AZ, Swain JR, Davies PS, Bailey AS, Decker AD, Willenbring H, Grompe M, Fleming WH, Wong MH.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci U S A, 103, 6321-6325, 2006.
キーワード 幹細胞 , BMDCs , 癌幹細胞 , 腫瘍 , 上皮細胞癌

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 近年、幹細胞研究は急速な発展を見せており、マウス精原幹細胞のES細胞様細胞への変換や(1)、骨髄由来の細胞(born marrow derived cells; BMDCs)が肝細胞や心筋細胞の再生に関与していることが知られている。また、がん研究の分野においても食道がん由来細胞におけるがん幹細胞の発見が報告されている(2)。
 さて、上皮細胞由来のがんは、その組織の幹細胞が変化し発生するとされている。しかし、組織の傷害部位や炎症部位に誘導されてくるBMDCsも悪性腫瘍の発生に関与している可能性が示唆されている。Houghtonらは発がん因子として知られているヘリコバクターをマウスに長期感染させると、胃にBMDCsが誘導されることを見出した。これらの誘導されたBMDCsは、化生と異形成を経て上皮内がんに進行した。この結果は、上皮細胞がんは骨髄由来の発生源から起こりうることを示唆しており、がん進行の多段階モデルに影響を与える可能性がある(3)。
 今回報告する論文は、胃がんの例とは異なり、マウス小腸における上皮細胞がんはBMDCsから生じた可能性は低いという報告である。
 BMDCsから生じたと考えられる上皮細胞が小腸で観察されることが知られているが、これが細胞融合によって生じたのかまたはtransdifferentiationにより生じたのかは分かっていなかった。この点を明らかにするために、12Gyのγ線を照射した雄マウスに、雌マウス由来のβ-galまたはEGFPを発現するBMDCsを移植することにより確かめた。移植6ヶ月後に小腸組織を調べると、β-galまたはEGFP陽性細胞が上皮に確認された。さらに、FISHによる解析から、これらの細胞にはY染色体のシグナルが確認された。このことから小腸で観察される骨髄由来と考えられる上皮細胞は細胞融合の結果生じたことが示唆された。観察される融合細胞の頻度は、BMDCsを移植した場合と造血幹細胞のみを移植した場合とで差は見られなかった。従って、造血幹細胞が細胞融合を起こしていると考えられる。また、融合細胞は長期に渡って小腸内で観察されること、goblet細胞など全ての小腸上皮構成細胞に見られることから、造血幹細胞は小腸幹細胞と融合した可能性が示唆される。また、非照射マウスの小腸にBMDCsは定着しなかったことから、BMDCsは損傷した小腸幹細胞と融合し、腸の回復に一役買っていると考えられる。
 次に、小腸における上皮細胞由来のがんにBMDCsが関与しているのかどうかを家族性大腸腺腫症のモデルマウスであるMinマウスを用いることにより調べた。このマウスは、大腸ではなく小腸にアデノーマが多発する。BMDCs移植の結果、アデノーマにEGFP陽性細胞が検出された。小腸上皮分化マーカーであるFabpの発現を調べると、EGFP陽性細胞には検出されなかった。FISHによる解析から、アデノーマ領域におけるEGFP陽性細胞にY染色体のシグナルが検出された。アデノーマ全体がEGFP陽性を示す例は検出されず、BMDCs移植によるポリープ数の増加は見られなかった。以上から、BMDCsはアデノーマ細胞、特に未分化またはがん幹細胞様の細胞と融合することが示唆された。

新生物の上皮細胞とBMDCsが融合しても腫瘍化は始まらないが、BMDCsとの融合が細胞を不安定化し、このことががん化につながっているのではないかと筆者らは考察している。

<参考文献>
(1) Guan K, Nayernia K, Maier LS, Wagner S, Dressel R, Lee JH, Nolte J, Wolf F,
Li M, Engel W, Hasenfuss G. Pluripotency of spermatogonial stem cells from adult mouse testis. Nature 440, 1199-1203 (2006)
(2) Ban S, Ishikawa K, Kawai S, Koyama-Saegusa K, Ishikawa A, Shimada Y, Inazawa J, Imai T. Potential in a Single Cancer Cell to Produce Heterogeneous Morphology, Radiosensitivity and Gene Expression. Journal of Radiation Research 46, 43-50 (2005)
(3) Houghton J, Stoicov C, Nomura S, Rogers AB, Carlson J, Li H, Cai X, Fox JG,
Goldenring JR, Wang TC. Gastric Cancer Originating from Bone Marrow-Derived Cells. Science, 306, 1568-1571 (2004)