日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNAとMre11-Rad50-Nbs1複合体によるATM活性化の2つのステップ

論文標題 Two-step activation of ATM by DNA and the Mre11-Rad50-Nbs1 complex.
著者 Dupre A, Boyer-Chatenet L, Gautier J.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat Struct Mol Biol. 13, 451-457, 2006.
キーワード DNA二重鎖切断 , AT , DSB , DNA損傷 , 細胞周期チェックポイント

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 DNA二重鎖切断(DSB)は、細胞にとって最も重篤な損傷であるが、DNA複製などの通常のDNA代謝過程でも生じることが知られている。細胞内でDSBが生じた場合、DNA修復や細胞周期チェックポイント、アポトーシスなどのDNA損傷応答経路が活性化されることにより遺伝情報の安定性が保持されている。毛細血管拡張性運動失調症(AT)の原因遺伝子産物であるATMはこれらのDNA損傷応答経路において中心的な役割を果たすタンパク質キナーゼであり、その基質にはp53、Chk2、Brca1、H2AXなどが含まれる。機能的なATMタンパク質を欠損しているAT細胞は放射線高感受性を特徴とし、DNA修復や細胞周期チェックポイントなど複数のDNA損傷応答経路に異常を示す。ATと共通した表現型を示す遺伝性疾患としてナイミーヘン症候群(NBS)および毛細血管拡張性運動失調症類似疾患(ATLD)が知られているが、これらはそれぞれNbs1とMre11タンパク質の変異が原因となっている。Nbs1、Mre11とこれに加えてRad50は複合体(N/M/R複合体)を形成し、DNA修復および細胞周期チェックポイントの活性化において重要な機能を持つことがわかっている。N/M/R複合体はヌクレアーゼ活性および二重らせんの巻き戻し活性を持ち、DSB末端のつなぎ止めにおいても機能することがわかっている。
 ATMは、通常時は不活性型の二量体(あるいは多量体)として存在しているが、細胞にDSBが生じるとATMのSer1981を自己リン酸化し、活性型の単量体に解離すると考えられている(1)。近年、N/M/R複合体がATMの下流においてアダプターとして機能するだけでなく、上流においても機能しATM自体の活性化にも寄与することが明らかとなっている。さらにNbs1の酵母ホモログであるXrs2とATMの酵母ホモログであるTel1の結合が正常なDSB応答に要求されること(2)に一致して、Nbs1のC末端領域がATMとの相互作用およびATM活性化に要求されることも報告され(3)、N/M/R複合体によるATMの活性化の機構については、かなりの部分が明らかになってきている。一方でATM自体の活性化機構については、ATM自己リン酸化の役割がin vivo とin vitroで一致しておらず(1,4)、未だ解明されていない部分が多い。
 本論文ではN/M/RによるATMの活性化が2つの独立したステップからなっていることをXenopus卵抽出液の系を用いて明らかにしている。すなわち、N/M/Rが媒介するDSB末端を介したATM二量体の解離とNbs1のC末端によるDSB末端には依存しないATM単量体の活性化という機構である。
 著者らは、まず卵抽出液からMre11をimmuno-depletionにより除き、これを一定濃度のDSB(磁気ビーズ上に固定した1000bpあるいは150bpのDNA)とインキュベートし、可溶性画分におけるATMのキナーゼ活性および単量体への解離をそれぞれ、H2AXペプチドに対するリン酸化能とゲルろ過分画法により測定した。その結果、インキュベートするDSB濃度が1.2 x 10の11乗 ends/μl (70Gy 相当)の条件では、Mre11の非存在下でのATMの活性化および単量体化はほとんど見られないが、DSB濃度を3倍の3.6 x 10の11乗 ends/μl (210Gy 相当)に増やした場合ではMre11非依存的にATMの単量体への解離、および部分的なATM活性化が起こることが示された。しかしながら、Mre11非存在化では高濃度のDSB条件であってもATMの自己リン酸化は検出されなかった。このことは、反応溶液中のDSB濃度が高い場合にはATM活性化・単量体化におけるN/M/R要求性を部分的にバイパスすることができることを示唆しており、これはNBSやATLD患者細胞において低線量の放射線照射時にのみATMターゲットのリン酸化レベルの減少が観察されることと一致し、ATMの自己リン酸化、あるいは完全な活性化のためにはN/M/Rが要求されることを示唆している。
 次に、反応溶液中におけるDSB濃度の増加がATM活性化のN/M/R依存性をどのようにバイパスするのかを明らかにするために、まずATMのDNA結合に対するN/M/Rの関与を調べた。その結果、Mre11を除いていないものではDSB濃度によらず、ほぼ一定量のATMがDNA結合画分に存在しているのが確認されたが、Mre11を除いたものでは、DNAへのATM結合が減少し、DNAに結合したATMの自己リン酸化もMre11を除くと検出されなかった。このことは以前のLeeらによる報告(2)と一致して、N/M/RがATMのDSBへの結合を促進することによりATM活性化に寄与することを示している。
 さらにN/M/Rの持つDSB末端のつなぎ止め機能が活性型ATMを含むDNA損傷シグナル伝達複合体の形成を促進すると考えられることから(5)、N/M/RのDSB末端のつなぎ止めがATM活性化に与える影響について調べている。そのために、まずATPase活性を欠損した変異Rad50(S1202R)タンパク質を含むN/M/Rを用い磁気ビーズ上に固定したDNA鎖とN/M/Rをインキュベートし、ここにラジオラベルしたDNA断片を加えて磁気ビーズにpull-downされる放射能を測定することによりATPaseを欠損したRad50を含む複合体はDSB末端つなぎとめ活性がないことを示した。次に、Mre11を除いた卵抽出液にN/M/R(S1202R)を加えたところ、低濃度DSB条件下ではATM二量体の解離は起こらないにも関わらず、N/M/R(S1202R)複合体はATMのDNAへの結合を促進することができることから、N/M/RによるATM活性の促進においてはDSB末端のつなぎ止め機能が要求されることが示唆された。著者らはN/M/RのDSB末端つなぎ止めの機能によって局所的なDSB濃度が増加することによりATM活性化に必要なDSB量の閾値が低下すると考えている。またN/M/R(S1202R)を高濃度DSBの反応溶液中に加えると、ATMの自己リン酸が回復することも示している。
 ATM活性化におけるN/M/R要求性はDSB濃度を増加させることでバイパスすることができるが、それは部分的であり、N/M/R(S1202R)はDSB高濃度条件においてのみATMの自己リン酸化を回復することができることから、N/M/RによるATM活性化の機構は2つの独立したステップからなることが推測された。これを確認するためにMre11を除いた抽出液を高濃度のDSBとインキュベート後、反応溶液中からDNAを除き、この上清みにN/M/Rを加えることによりATMの活性化が促進されるかを測定した。N/M/Rを加えない場合では、ATMの活性化は不完全であり、またATM自己リン酸化は検出されなかった。一方N/M/RあるいはN/M/R(S1202R)を加えた場合には部分的なATMの活性化および自己リン酸化の回復が見られた。さらに、Nbs1のみを加えた場合でも同様のATM活性化の回復が見られたことから、DNAによって単量体へ解離したATMの更なる活性化のためにはNbs1とATMのタンパク質間相互作用が要求されることが示唆された。あらかじめDNAとインキュベートを行っていない卵抽出液にNbs1を加えてもATMや活性化は見られないことや、単量体ATMはDNA非存在下でもN/M/Rによって活性化することから、ATM活性化はDNAに依存した単量体への解離のステップとDNA非依存的なNbs1とのタンパク質間相互作用を介した活性化の2つのステップからなると考えられる。DNA依存的な最初のステップもRad50のATPase活性により促進されるため、ATM活性化の過程においてN/M/Rは極めて重要な役割を担っていることがわかる。
 この研究により、N/M/RによるATM活性化機構のメカニズムが明らかにされたものの、最も重要と考えられるATM自己リン酸化と二量体解離との関係については明らかにされていない。ATM単量体の自己リン酸化はN/M/Rが要求されるという結果は、ATM自己リン酸化は二量体の解離には要求されるものではないというこれまでのin vitroの結果を支持している。
 著者らは、ATM自己リン酸化の役割として、DSB末端によって解離した単量体が再び二量体を形成するのを防ぐという可能性を提起している。すなわち、in vivoにおいてATMのDSB末端への結合はNbs1を介していると考えられ、DSB末端の存在により単量体へと解離したATMはNbs1の助けを得て直ちに自己リン酸化され、活性型単量体として機能することができるということである。in vitroと比べてin vivoではDSB末端と遭遇する可能性が低いために自己リン酸化による活性の維持機構が重要となるのではないだろうか。あるいはATM二量体をトランスにリン酸化することによりDSB末端を介さずにATMを単量体に解離させる可能性も考えられる。Nbs1のATM活性化における機能に関しては、1) Nbs1がATMの補因子として機能する、2) ATMのキナーゼ活性に対して阻害的に機能するタンパク質のATMへの結合を阻害する、3) ATM単量体が再び二量体を形成するのを抑制するという3つの可能性を提起している。
 この論文の結果は、NBSやATLDの患者細胞が低線量の放射線照射時にDNA損傷応答経路の不完全な活性化を示す原因を説明しており、NBS細胞が高線量の放射線照射時にはほぼ正常な応答を示すのはATM結合領域を含む変異型Nbs1タンパク質(p70)が発現していることによって説明される。これらはNbs1が複合体としてではなく単独でも機能的に働くことを示している点でも重要であると思われる。

(関連文献)
1. Bakkenist C.J., Kastan M.B. DNA damage activates ATM through intermolecular autophosphorylation and dimer dissociation. Nature 421, 499-506 (2003)
2. Lee J.H., Paul T.T. ATM activation by DNA double-strand breaks through the Mre11-Rad50-Nbs1 complex. Science 308, 551-554 (2005)

3. Nakamura D., Matsumoto K., & Sugimato K. ATM related Tel1 associates with double-strand breaks though an Xrs2-dependent mechanism. Genes & Development 17,1957-1962 (2003)
4. Falck J., Coates J., & Jackson S.P. Conserved modes of recruitment of ATM,ATR,DNA-PKcs to sites of DNA damage. Nature 434, 605-611 (2005)
5. Costanzo V., Paul T.T., Gottesman M. & Gatier J. Mre11 assembles liner DNA fragments into DNA damage signaling complexes. PLoS Biol. 2, E110 (2004)