日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

X線照射マウスのT細胞抗原受容体(TCR)変異細胞の遅延性発現は、p53遺伝子型に依存する

論文標題 The Delayed Manifestation of T-cell Receptor(TCR) Variants in X-irradiated Mice Depends on P53 Status
著者 Igari K, Igari Y, Okazaki R, Kato F, Ootsuyama A, Norimura T.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Radiat Res. 16, 55-60, 2006.
キーワード p53 , アポトーシス , TCR , DNA損傷 , 低線量放射線

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 p53遺伝子は、ゲノム損傷性ストレスに対する細胞応答に重要な役割を果たしている。放射線などによりDNAに損傷が生じると、細胞はその損傷を認識し修復する機能を有している (1)。細胞の状況によってはアポトーシスを誘導し、未修復の損傷細胞を組織から排除する (2)。この2つの機能によって、p53は遺伝子に変異をもつ細胞が生体内に拡大するのを未然に防ぐ自己防御システムとして働いていると考えられている。本研究では、X線照射したマウス脾細胞中のT細胞抗原受容体(TCR)変異頻度(VF)とアポトーシス活性を長期間にわたって解析し、生体が備えもつ生体防御機構におけるp53遺伝子の役割を検討している。
 この論文では、8週齢のp53遺伝子正常p53+/+、ヘテロp53+/-及び欠損p53-/-マウスにX線3Gyを全身照射し、9~80週齢にわたってTCR VFとアポトーシス活性を解析した。TCR VFは、脾細胞Tリンパ球をFITCラベル抗CD3抗体とPEラベル抗CD4抗体を用いて二重染色し、CD3-CD4+という異常な表現型を持つTリンパ球をフローサイトメトリーで検出し、その頻度を算出した。アポトーシス活性は、各測定週齢に再度3Gy全身照射し4時間後に摘出した胸腺及び脾臓組織標本を、TUNEL染色し解析した。
 非照射p53-/-マウス(8-12週齢)の自然TCR VFは、 p53+/+及びp53+/-マウスよりも有意に高い値を示していた。8週齢時に3Gy照射したp53+/+マウスのTCR VFは、照射9日後に最大となり、以降減少し16週齢時には自然発生レベル戻っていた。その後、TCR VFは60週齢まで自然発生レベルと同程度であったが、64週齢から上昇し、72週齢では非照射マウスに比し約2倍高い値を示していた。p53+/-マウスでは、照射9日後に最大値を示し、20週齢時に自然発生レベルに戻っていた。その後、TCR VFは44週齢から再上昇し、56週齢では非照射マウスの約2倍となっていた。一方、p53-/-マウスのTCR VFは、12週齢まで最大値が続き、自然発生レベルへの有意な低下は認められなかった。照射p53+/+及びp53+/-マウスの9週齢(TCR VFが最大値)及び24週齢(TCR VFが自然発生レベルの時期)のアポトーシス活性は、それぞれの非照射マウスと同レベルであった。しかし、TCR VFに有意な再上昇が認められた時期(p53+/+マウスで72週齢、p53+/-マウスで56週齢)のアポトーシス活性は、それぞれの非照射マウスの約半分に低下していた。
 p53-/-マウスの自然TCR VFは、p53+/+及びp53+/-マウスより有意に高く、また加齢に伴う上昇も早期にみられた。これは、p53遺伝子の欠損そのものが、自然TCR VFを上昇させることを示している。8週齢時にX線照射したp53+/+マウスでは、TCR VFは照射9日後に最大となり、以後速やかに減少し自然発生レベルに戻る。その後、64週齢以降、非照射マウスにおいても加齢に伴うTCR VFの上昇がみられるが、その増加率は若年時に3Gy照射したマウスで顕著であった。一方、p53+/-マウスの照射群では44週齢の比較的早期よりTCR VFが再上昇し、遅延性突然変異誘発においてもp53遺伝子の関与が強く示唆された。事実、TCR VFの再上昇がみられた週齢でのp53依存性アポトーシス活性は、若年時の3Gy照射によりp53+/+及びp53+/-マウスともに有意に低下していた。
 これらのことから、若年時にX線照射したマウスにおけるTCR変異細胞の遅延性発現は、p53依存性アポトーシス活性の低下に起因しているものと考えられる。p53依存性アポトーシスを介した組織修復はゲノム損傷性ストレスに対する新しい型の生物学的監視機構であり、低線量放射線の生体影響を解明する鍵と考えられる。今後、経時的なp53活性およびp53自身の変異の解析を進める。

(関連文献)
(1) Kastan MB, Onyekwere O, Sidransky D, Vogelstein B, Craig RW
Participation of p53 protein in the cellular response to DNA damage.
Cancer Res. 51, 6304-6311 (1991)
(2) Lowe SW, Schmitt EM, Smith SW, Osborne BA, Jacks T.
p53 is required for radiation-induced apoptosis in mouse thymocytes.
Nature 362, 847-849 (1993)