日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

リン酸化/脱リン酸化酵素PNKPは神経発生におけるゲノム安定性に重要である

論文標題 Polynucleotide kinase-phosphatase enables neurogenesis via multiple DNA repair pathways to maintain genome stability.
著者 Shimada M, Dumitrache LC, Russell HR, McKinnon PJ.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
EMBO J. 34, 2465-2480, 2015.
キーワード 神経発生 , ゲノム安定性 , マウスモデル , DNA修復 , PNKP

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<はじめに>
 DNA修復機構は放射線、紫外線といった外部刺激によるDNA損傷以外にも生物の発生時に生じる代謝産物由来の酸化ストレスによるDNA損傷の修復にも必須の生体防御機構である。DNA修復遺伝子を欠損した遺伝病患者は高発癌性、神経発生異常、発育遅滞など重篤な症状を持つ例が多い。特にDNA修復に欠損のある遺伝的疾患患者では小頭症、神経変性疾患など神経発生に異常を持つ症状が多くその機能との関連が注目されているが詳細な分子メカニズムは不明な点が多い (1)。今回我々のグループがDNA修復酵素であるPNKPが脳神経の発生に必須であることを見出したのでそれらの成果を紹介したい。

<リン酸化/脱リン酸化酵素PNKPと疾患との関連>
 Poly-nucleotide kinase phosphatase (PNKP)はDNA損傷末端をリン酸化あるいは脱リン酸化する活性を持つ酵素で主に塩基除去修復と非相同末端結合修復に関与することが知られている。また、PNKPは2010年にWalshらのグループよりhuman microcephaly and seizures (MCSZ)という遺伝病の原因遺伝子として報告された。MCSZは小頭症やてんかん、発育遅滞といった重篤な症状を示す常染色体劣性遺伝病疾患である。PNKPがDNA損傷応答に関わることからMCSZの脳神経発生異常の原因としてPNKP活性の低下とDNA修復欠損が疑われたが、詳細な分子機構は不明であった。

<MCSZミュータントマウス、PNKP-NesCreコンディショナルノックアウトマウスの作製>
 まず我々はヒト遺伝病MCSZのマウスモデル作製を試みた。MCSZはPNKP遺伝子のexon14領域に17bpのリピート配列が挿入された変異が入っており、不完全な転写産物の産生につながる。そのため、ウエスタンブロッティングの結果ではPNKPはほとんど確認できない。そこで同じ部位に変異を入れたマウスを作製したところ、予想外なことに胎生致死であった。ゲノム不安定性によるアポトーシスが原因と考えられたために、p53ノックアウトマウスと掛け合わせたMCSZ/p53-/-マウスを作製したがやはり胎生致死であった。これらの結果はヒトの患者が重篤な症状であるが産まれてくる事例と異なっており、恐らくヒトとマウスでは異なる分子メカニズムが存在していると思われる。
 次にCre/LoxPシステムを利用したコンディショナルノックアウトマウスを作製した。まず、胎児期でのPNKPの必要性を確認するためにSox2-Cre PNKPマウスを作製したところ胎生致死であった。これは上記のMCSZマウスの結果を支持しており、マウスではPNKPの機能が必須であることがわかった。次に小頭症のメカニズムを検討するために脳発生特異的にPNKPをノックアウトできるNestinプロモーターによりCreを発現し、PNKPをノックアウトするNes-Cre PNKPマウスを作製した。このNes-Cre PNKPマウスは産まれてはくるものの生後5日以内に死んでしまうという重篤な表現系であった。これらのマウスの脳切片を採取し、抗リン酸化H2AX抗体を用いた免疫染色法でDNA損傷を確認したところ、胎生14日で甚大な量のDNA損傷が確認された。リン酸化H2AXのフォーカスの量はコントロールとして用いたXRCC1やLigaseIVの脳特異的コンディショナルノックアウトマウスの量よりも多かった。また、同時にTUNELアッセイによりアポトーシスの量を確認したところ、やはりXRCC1やLigaseIVのコンディショナルノックアウトマウスよりも多くのアポトーシスが確認された。

<産後におけるPNKPの脳発生における役割>
 ここまでの検証によりPNKPは胎児期の脳発生の際のゲノム安定性に必須であることがわかった。次に我々はPNKP活性が産後の脳神経発生に必要かどうかを検討した。そこで、タモキシフェンの投与によりCreリコンビナーゼを誘導できる系を用いて時期特異的なPNKPの欠損の影響を調べた。まず、生後21日後から1日おきに3回タモキシフェンを投与してアクチンプロモーターでCreリコンビナーゼを誘導し、PNKPの欠損の影響を観察した。その結果、脳のサイズ、体のサイズに影響は見られなかったが、脳の切片を採取して免疫染色法で確認したところ、PNKPの欠損マウスでは小脳や海馬領域でオリゴデンドロサイトと成熟ニューロンの形成が不完全であることがわかった。
 また、同様な実験系でタモキシフェン投与1日後から1日おきに3回タモキシフェンを投与してCreリコンビナーゼをGFAP(アストロサイト及びその前駆細胞で発現)プロモーターで誘導したPNKPの欠損の影響を観察した。その結果、やはりオリゴデンドロサイトや成熟ニューロンの形成が不完全であった。

<おわりに>
 以上の実験結果から、PNKPは胎生期の脳の発生のみならず生後の脳の発生時のゲノム安定性の維持にも必要であることがわかった。また、PNKPの欠損は特に神経前駆細胞でDNA損傷とアポトーシスを強く誘導することから、増殖が盛んな細胞のゲノム安定性に必要であることが示唆された。このことからPNKPの活性を適切に阻害したり、制御することにより、神経のみならず癌細胞のような増殖が活発な細胞を効率的に排除することに応用できる可能性がある。

参考文献
1) Aberrant topoisomerase-1 DNA lesions are pathogenic in neurodegenerative genome instability syndromes. Katyal S, Lee Y, Nitiss KC, Downing SM, Li Y, Shimada M, Zhao J, Russell HR, Petrini JH, Nitiss JL, McKinnon PJ. Nat Neurosci. 2014 Jun;17(6):813-21.