ビタミンCはGAPDHを標的としKRAS, BRAF変異大腸がん細胞を選択的に殺傷する
論文標題 | Vitamin C selectively kills KRAS and BRAF mutant colorectal cancer cells by targeting GAPDH |
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著者 | Yun J, Mullarky E, Lu C, Bosch KN, Kavalier A, Rivera K, Roper J, Chio II, Giannopoulou EG, Rago C, Muley A, Asara JM, Paik J, Elemento O, Chen Z, Pappin DJ, Dow LE, Papadopoulos N, Gross SS, Cantley LC. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Science, in press, 2015 |
キーワード | ビタミンC , GAPDH , 糖代謝 , 酸化ストレス , がん治療 |
細胞内に取り込まれた薬剤を診断レベルで定量化できる技術は重要である。最も普及しているフルオロデオキシグルコース(FDG)によるPET検査は、がん細胞にグルコースが取り込まれやすいという性質を利用し、グルコース取り込み能を調べるものである。FDGはグルコーストランスポーター(主にGlut1)を介し細胞内へ取り込まれるので、同様の経路で取り込まれる薬(グルコース類似体を含めて)は生体レベルでの細胞内取り込みの指標となる。従って、がん細胞に薬が到達したか否かを判断できる。がん遺伝子KRASやBRAFの変異は、Glut1の量を増やしFDGの取り込みが亢進することが知られている。また、ビタミンCはGlut1を介して細胞内へ取り込まれる。これらのことから、ある被験者のがんについてFDG PETで取り込み能力を評価することは、KRAS、BRAF変異の可能性とともに、ビタミンCの取り込み能力を評価できるわけである。
ここに紹介する論文は、KRASとBRAF変異がんにおいては、「ビタミンCの癌治療」が有効である可能性が示されており、事前にがんがFDG PETを取り込みやすいか否かを調べることでこの治療に適したがんを選定できるため、実用化に向けて今後の展開が期待できるものであると思われる。
本論文では、KRASまたはBRAF変異細胞においてグルコーストランスポーターを介したビタミンCの細胞内取り込みが亢進し、細胞毒性がより顕著に発揮されることを解明している。大腸がんの40%はKRAS変異を保有しており、10%はBRAF変異を有しているため、大腸がんの治療に生かせる可能性が高い。
in vitroの実験において、培地中でビタミンCは酸化型ビタミンCであるデヒドロアスコルビン酸として存在しているが、細胞内へのビタミンC集積は酸化型の方が効果的であり、それはGlut1(グルコーストランスポーター)を介して取り込まれる。取り込み量はKRAS, BRAF変異の方が野生型より多いことが示された。ビタミンCが細胞毒性を発揮するレベルは、変異型KRAS, BRAFで顕著に高かった。in vivoにおいても移植腫瘍の増殖はビタミンC添加により、顕著に抑えられ、またApcマウスのポリープ出現頻度は、KRAS変異を保有したものでのみ、ビタミンCによる抑制効果が確認できた。KRAS変異によりGlut1の発現レベルは亢進しているが、その結果、MAPキナーゼ経路が活性化していることは過去の報告でも明らかである。野生型にGlut1を過剰発現させただけではビタミンCの細胞毒性は亢進しないので、KRAS変異によるGlut1以外の変化もビタミンC感受性を高める上で重要である。
ではなぜ、ビタミンCによる殺細胞効果がKRAS、BRAF変異で高いのか?著者らはメタボローム解析を実施した。その結果、ビタミンC処理により、解糖系の上流が蓄積し、下流への流れがストップしていることが分かり、ペントースリン酸経路への流れが亢進していることが分かった。その原因としてはGAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼ)の阻害が示された。ペントースリン酸経路の亢進はNADPHの減少を補うものと示唆されるが、これは、酸化型ビタミンCであるDHAが細胞内に取り込まれた際、還元するのにグルタチオンを消費したことによるものと示唆された。実際、ビタミンC処理によりKRAS変異細胞では酸化ストレスの増加レベルが高いことが示されている。では、GAPDHはどのように阻害されるのか?GAPDHはシステインの活性部位を保有し(C152)、これがグルタチオン抱合により活性を阻害する。免疫沈降でGAPDHにおける可逆的グルタチオン抱合の程度を調べるとKras変異で高くなっていたが、さらなる酸化状態である不可逆的硫酸抱合は認められなかった。可逆的な酸化反応であるため、ビタミンCによる活性低下は、NACにより回復することも示された。しかし、GAPDH活性はビタミンCで50%に低下していたのに対し、その基質であるG3P(グリセルアルデヒド3リン酸)の量は19倍に達していた。そこで、GAPDHのもう一つの基質であるNAD+を調べた。その結果、ビタミンCによりNAD+は低下していた。この原因を調べると、ROSの増加に伴うDNA損傷により、PARPが活性化したためにNAD+が消費されたためであると考えられた。PARP阻害剤によりNAD+の減少が抑えられた場合や、NAD+の前駆体Olaparibを添加した際、ビタミンCによるKRAS細胞の細胞障害は軽減された。これらの結果より、ビタミンCによるGAPDHの阻害は二つの経路から成ることが明らかとなった。
以上の結果からKRAS、BRAF変異がんにおいてはビタミンC療法が有効である可能性が高いと言える。現在臨床研究が行われているようであるが、血中ビタミンC濃度がミリモルレベルになることが重要であり、以前の臨床研究のうち、経口投与によるビタミンC投与では血中濃度が低すぎたため、酸化ストレスを誘発できなかった可能性があると著者らは考察している。臨床試験結果とメカニズム解明の両面において、今後の展開が期待される。