テロメア周辺部でのDNA二重鎖切断損傷は染色体不安定性につながる
論文標題 | Chromosome instability as a result of double-strand breaks near telomeres in mouse embryonic stem cells. |
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著者 | Lo AW, Sprung CN, Fouladi B, Pedram M, Sabatier L, Ricoul M, Reynolds GE, Murnane JP. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Mol Cell Biol. 22, 4836-4850, 2002. |
キーワード | テロメア , DNA損傷 , DSB , 染色体不安定性 , 姉妹染色分体融合 |
発がん過程において、染色体不安定性はがん細胞の増殖能獲得や悪性化に重要な役割を果たしていると考えられる。染色体末端保護機能を持つテロメア部位の欠失を伴う切断(break)とそれに引き続く染色体融合(fusion)、および分裂期における架橋(bridge)形成サイクル(BFB cycle)は、このような発がん過程にみられる染色体不安定性誘発の有力なメカニズムの一つであることが示唆されているが、この仮説を支持する直接的な証拠は決して多くはない。今回、紹介するLoらの論文は、マウスES細胞を用いて、テロメア近傍に二重鎖切断を人為的に導入した場合に、テロメアを欠失した染色体が、姉妹染色分体融合や他の染色体との組換え等を繰り返して不安定化することを直接的に証明している点で、大変興味深い。彼らは、薬剤耐性遺伝子に隣接して1.6 kbのテロメア配列を有したプラスミドをマウスES細胞に導入し、15番、および18番染色体のテロメア近傍にこのプラスミドが挿入されたクローンをそれぞれ得た。導入されたTTAGGG repeat を含むこのプラスミドは、高頻度(stable cloneの約75%)にテロメア部位に挿入されることが以前に報告されている。また、このプラスミドには、I-SceI部位が挿入されており、I-SceI エンドヌクレースによって二重鎖切断を誘発すると、テロメア部位を含む染色体末端部を欠失した細胞が選択されるようにデザインされている。この巧妙な実験系を用いて、テロメア近傍に二重鎖切断を誘発し、切断部位のDNA配列を解析したところ、90%以上の生存細胞では、切断部位に再びテロメア配列が付加されていた。しかし、いくつかの生存細胞クローンでは、非テロメア配列が切断部位に付加されていることが分かった。これらの切断部位周辺を詳細に解析した結果、挿入された非テロメア配列は、プラスミドDNAの切断部位を中心とした逆反復(inverted repeats)配列であることが明らかになった。このことは、二重鎖切断によってテロメア部位が欠失した結果、切断端の不安定化によって姉妹染色分体同士の融合が生じていることを示唆している。そこで、FISH法を駆使した細胞遺伝学的解析を行った結果、これらのクローンでは、一方の15番染色体、あるいは18 番染色体に広範囲な染色体重複(tandem duplication)が見られ、しかも末端部には由来不明の染色体が付加していることが分かった。以上の結果は、テロメア近傍に二重鎖切断(break)が生じてテロメアが欠失した場合に、姉妹染色分体融合(fusion)による二動原体染色体の形成とその後の架橋(bridge)形成、そしてさらなる切断(break)という、いわゆるBFB cycleが実際に生じて染色体不安定性が誘起され、これがゲノム再配列の原動力になっていることを直接的に示している。この報告では、マウスES細胞において、二重鎖切断端に新しいテロメア配列が付加される方が、姉妹染色分体融合よりも優勢に生じているが、同じ著者らが、別の報告でヒトがん細胞に自然に生じるテロメア欠失では、姉妹染色分体融合の方が優勢であることを報告していることは、がん細胞のゲノム不安定性を考える上で興味深い。さらに、これまでにも、染色体の中間部位(interstitial site)にI-SceI部位を導入して二重鎖切断誘発後の修復動態を解析した研究はいくつかあるが、それらの結果と比較すると、Loらの研究結果は、テロメア近傍に切断が導入された場合には、より広範囲な染色体再配列と持続的な不安定性が誘起されるを示していると言える。 この研究成果は放射線発がん機構を考える上でも大変興味深いものであるが、その解釈で注意すべき点は、著者らが用いた細胞(マウスES細胞、ヒトがん(EJ)細胞)が、いずれもp53依存的細胞周期チェックポイントを欠いているということである。P53依存的チェックポイント機能が高い細胞では、BFB cycleを誘起する細胞は排除される可能性が高い。また、テロメレース活性の有無、または強さの相違も異なった結果を生む可能性がある。しかし、これらの点を考慮に入れても、二重鎖切断を起因とするテロメア欠失が、BFB cycleを介して極めて短時間(薬剤選択期間の6日間)のうちに染色体不安定性を促進することを実験的に示したことの意義は大きいと言えよう。
<関連論文> 1. C. Farr, J. Fantes, P. Goodfellow, and H. Cooke: Functional reintroduction of human telomeres into mammalian cells, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 88, 7006-7010, 1991. 2. J. P. Hanish, J. L. Yanowitz, and T. de Lange: Stringent sequence requirements for the formation of human telomeres, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 91, 8861-8865, 1994. 3. C. N. Sprung, G. E. reynolds, M. Jasin, and J. P. Murnane: Chromosome healing in mouse embryonic stem cells, Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 96, 6781-6786, 1999. 4. B. Fouladi, D. Miller, L. Sabatier, and J. P. Murnane: The relationship between spontaneous telomere loss and chromosome instability in a human tumor cell line, Neoplasia, 2, 540-554, 2000.