日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射性同位元素ベリリウム7、鉛210の大気中分布

論文標題 Vertical distributions of beryllium-7 and lead-210 in the tropospheric and lower stratospheric air.
著者 Kownacka L.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nukleonika. 47, 79-82, 2002.
キーワード ベリリウム7 , 鉛210 , 天然放射性核種 , エアロゾル , 宇宙線

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 大気中に存在する天然放射性核種には宇宙線起源と陸起源の2つがある。Be-7は宇宙線と大気成分である窒素あるいは酸素との核破砕反応により大気上層で生成している。一方、Pb-210は地殻から大気へ放出されたRn-222の娘核種であり地表付近で生成している。この2つの核種は、生成後ただちに微小なエアロゾルに付着して挙動を共にし、ウォッシュアウトやデポジションなどの除去過程により大気から除去される。これらの放射性核種濃度の季節変化や経年変化などが数多く報告されており、これらのデータを用いて気団の移動や大気の混合過程などが研究されている。
 この論文は、1987年から1998年までポーランド上空の大気についてBe-7及びPb-210濃度を測定し、対流圏と成層圏下層におけるBe-7及びPb-210濃度の垂直分布を議論している。12年間のデータから作成した高度0-15kmにおけるBe-7及びPb-210の平均濃度の垂直分布は次のようなものであった。Be-7濃度は地表で最小を示し、対流圏上層に向かって緩やかに増加し、成層圏に入ると急激に濃度は増加している。一方、Pb-210濃度は地表で最大を示し、高度1kmで3分の1程度に減少し、その後は対流圏上層に向かって緩やかに減少し、成層圏に入るとわずかに増加している。この成層圏でのPb-210濃度の増加はアメリカ中西部でも観測され[1]、著者は北半球での火山噴火が寄与していると考えている[2]。ポーランド上空の圏界面はこの12年間ほとんど10-12kmであったことから、著者は圏界面の3つの高さ(10km以下、10-12km、12km以上)ごとに垂直分布を作成し議論している。高度12km地点の7Be濃度は圏界面の高さにより大きく変動し、圏界面が10km以下の時は高くなり、12km以上の時は低くなっている。圏界面が10km以下の時は、12km地点の大気は対流圏と混合されないために高濃度を維持し、10km以上の時は対流圏と混合されるために濃度が低下する。一方、高度12km地点のPb-210濃度の変動は、成層圏と対流圏の濃度差が少ないためにBe-7濃度の変動に比べると小さかった。Be-7とPb-210濃度の垂直分布は、圏界面の高さに依存して変化することがわかる。
 またこの論文では、Be-7のおよそ75%が成層圏で、およそ25%が対流圏で生成し、地上から約15km地点で生成量が最大となることや[3]、ハイボリュームカスケードインパクターを用いて測定した地表付近の空力学的粒径の中間値が、Be-7が0.35μmでPb-210が0.37μmであり[4]、この2つの核種が付着するエアロゾルの粒径分布が類似していることが他の論文から引用されており、大変興味深いことが数多く書かれている。Be-7とPb-210の大気中での挙動を把握するのに大変有用な情報と言えるだろう。
 このBe-7とPb-210濃度の垂直分布の測定は、飛行機を利用しなければできないことから、貴重なデータを与えている。本研究は対流圏-成層圏の大気混合の解明に大きく貢献していると言える。しかし、データが数値で記載されていないのでBe-7/Pb-210などの考察ができないことと、12年間ものデータがあるにもかかわらず季節変化や経年変化の考察が無かったことは誠に残念である。

<関連文献>
[1] Moore, H. E.; Poet, S. E.; Martell, E. A. Radon-222, lead-210, bismuth-210, polonium-210 profiles and aerosol residence times versus altitude. J. Geophys. Res. (1973), 78(30), 7065-75.
[2] Kownacka, L.; Jaworowski, Z. Vertical distribution of natural and artificial radionuclides in the atmosphere. Environmental Impact of Radioactive Releases, Proceedings of an International Symposium on Environmental Impact of Radioactive Releases, Vienna, May 8-12, 1995 (1995), 69-77.
[3] Bhandari, Narendra; Lal, Devendra; Rama, S. Vertical structure of the troposphere as revealed by radioactive tracer studies. J. Geophys. Res. (1970), 75(15), 2974-80.
[4] Bondietti, E. A.; Brantley, J. N.; Rangarajan, C. Size distributions and growth of natural and Chernobyl-derived submicron aerosols in Tennessee. Journal of Environmental Radioactivity (1988), 6(2), 99-120.