移植骨髄細胞の上皮系細胞への分化に関する論文
論文標題 | Damaged epithelia regenerated by bone marrow-derived cells in the human gastrointestinal tract |
---|---|
著者 | Okamoto R, Yajima T, Yamazaki M, Kanai T, Mukai M, Okamoto S, Ikeda Y, Hibi T, Inazawa J, Watanabe M. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat. Med. 8,1011-10117, 2002 |
キーワード | 骨髄細胞 , 分化 , 幹細胞 , 骨髄移植 , 放射線 |
放射線の身体影響のうち早期障害についての講義を行う際、一連の教科書的な説明を行った後、東海村臨界事故で被曝された3人の転帰について話をする。医学の進歩により今までの教科書的な記述より長期間の延命が可能となっていることを説明するが、骨髄移植による血球系細胞の回復を除いて、皮膚や消化管上皮に幹細胞が枯渇するような線量を受けた場合、救命は難しいという話に至ると講義室に重い空気が流れる。
この論文の内容はこの現状に光を見いださせるかもしれない。骨髄細胞は様々なタイプの細胞への分化能を持つ可能性がある。著者らは、消化管由来以外の細胞、骨髄細胞が消化管上皮へ分化できることを人のモデルで示した。方法は以下の通りである。男性ドナー由来の骨髄細胞を移植した4人の女性患者(MDS 1、CML 1、ALL 2)から、移植後26日から2858日の間にバイオプシーにより、食道、胃、十二指腸、回腸、結腸を採材した。それぞれの材料の組織切片を移植細胞の追跡のために、サイトケラチン〔上皮細胞では陽性〕、CD45(リンパ球系細胞では陽性)の免疫染色を、さらにY-FISH〔男性由来細胞では陽性〕を同一切片あるいは連続切片上で必要に応じて行った。
結果は、それぞれの患者ですべての生検部位からY-FISH(+)/CD45(-)/サイトケラチン(+)、つまり移植した骨髄細胞が上皮細胞に分化したと考えられる細胞が採材時期は異なるが見いだされた。さらに最長で移植後2858日後の生検材料でもこの細胞の存在が確認されたことから、骨髄から消化管上皮に分化する細胞が供給され続けていることが示された。また、それぞれの患者は移植後急性あるいは慢性のGVHDや胃潰瘍などの炎症性の症状を呈する時期が有り、その時期の生検材料のY-FISH(+)やCD45(+)の細胞数の解析から、通常炎症発生時期にはリンパ球系の細胞つまりCD45(+)細胞が増加すると思われるが、実際にはY-FISH(+)/CD45(-)細胞のGVHDの発症時期や胃潰瘍発生部位での増加が顕著であったことをみいだしている。このことから、ヒトの消化管上皮の再生のために組織修復が必要になった時、骨髄細胞が上皮細胞の再増殖に参画することで積極的に治癒のアシストをしていると考えられた。このような移植細胞のレシピエント組織に適応したような分化や転換は、細胞融合によるものではないかとする報告がある。著者らはY-FISHやDAPIを用いて、今回の解析においてそのような証拠はなかったとしている。
骨髄移植患者で、ドナー由来の細胞が骨格筋細胞、血管内皮細胞、神経細胞に分化するという報告はすでに幾つかされており、マウスを用いた研究でも肺、胆管、消化管上皮への分化が報告されている。この点については、著者らの報告は後発であり、真新しくはない。しかし、理由はわからないが、骨髄由来細胞が恒常的に消化管上皮細胞として供給され続けていることや、さらに炎症部位では積極的に治癒に参画しているシステムが明らかになったことがおもしろい。この結果が放射線障害による消化管不全や皮膚の欠損などの治療に有効となるかどうかはまだわからないが、障害発生時に移植骨髄由来細胞が上皮系細胞に積極的に分化するというここで報告された現象だけではなく、さらに幹細胞に近いステージへ分化‥といった発見につながれば、文頭に述べた重苦しい空気のいくらかは軽減されるだろう。
<関連論文>
1. Petersen BE, Bowen WC, Patrene KD, Mars WM, Sullivan AK, Murase N, Boggs SS, Greenberger JS, Goff JP. Bone marrow as a potential source of hepatic oval cells.
Science. 1999, 284, 1168-70.
2. Korbling M, Katz RL, Khanna A, Ruifrok AC, Rondon G, Albitar M, Champlin RE, Estrov Z. Hepatocytes and epithelial cells of donor origin in recipients of peripheral-blood stem cells. N Engl J Med. 2002, 346, 738-46.
3. Brittan M, Hunt T, Jeffery R, Poulsom R, Forbes SJ, Hodivala-Dilke K, Goldman J, Alison MR, Wright NA. Bone marrow derivation of pericryptal myofibroblasts in the mouse and human small intestine and colon. Gut. 2002, 50, 752-7.
4. Theise ND, Henegariu O, Grove J, Jagirdar J, Kao PN, Crawford JM, Badve S, Saxena R, Krause DS. Radiation pneumonitis in mice: a severe injury model for pneumocyte engraftment from bone marrow. Exp Hematol. 2002, 30, 1333-8.