PHDの阻害はHIF2の活性化を介して放射線による消化器毒性を軽減・保護する
論文標題 | PHD inhibition mitigates and protects against radiation-induced gastrointestinal toxicity via HIF2 |
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著者 | Taniguchi CM, Miao YR, Diep AN, Wu C, Rankin EB, Atwood TF, Xing L, Giaccia AJ |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Sci Transl Med. 6, 236ra64, 2014 |
キーワード | PHD(プロリン水酸化酵素) , HIF2(低酸素誘導因子2) , DMOG(ジメチルオキサリルグリシン) , 消化器毒性 , 放射線防護 |
放射線被曝後の致死的な下痢や水分喪失に対する効果的な治療法は未だ確立されていない。この論文で筆者らは、プロリン水酸化酵素(prolyl hydroxylase: PHD)欠損マウスやPHD阻害剤を用いた研究を通し、「放射線被曝後の消化管障害をPHDの阻害によって防護・軽減できる」という可能性を示した。
8Gy以下の被曝での致死的障害の主な原因は血液毒性であるが、これは骨髄移植と支持療法で治療し得ることが知られている。10Gy以上の放射線を被曝するとRIGS(radiation-induced gastrointestinal syndrome; 放射線誘発性消化管症候群)と呼ばれる消化管障害により例外なく死に至る。RIGSの主な原因が、腸陰窩にある腸幹上皮系幹細胞の損傷によるという仮説が提唱されたのに合わせ(Withers and Elkind, 1970)、Lgr5陽性腸幹細胞(Barker et al. 2007)とBmi陽性腸幹細胞(Sangiorgi et al. 2008)のうち、後者がより放射線応答に重要であることが報告されている(Tian et al. 2011)。その一方で、血管内皮細胞のセラミドシグナル系を阻害することによりRIGSによる死亡を予防できる可能性も示されており(Paris. 2001)、上皮細胞と血管内皮細胞のいずれが重要かは議論が続いている。
HIF(hypoxia-inducible factor; 低酸素誘導因子)1および2が腸ホメオスタシスにとって重要であることも問題を解決する為には無視できない。腸は生理学的に低酸素勾配が急峻であり、 HIF は腸のバリア機能に必須のTFF3/ITF(intestinal trefoil factor)やMDR1といった遺伝子の発現を制御している。VHL(von Hippel-Lindau)遺伝子はHIFの発現を負に制御する遺伝子であるが、その発現を腸特異的にKO(knockout; ノックアウト)した場合、HIFの発現が、腸を感染・薬剤ストレスから防護することが示されている (Karhausen et al. 2004)。そこで筆者らは、HIFの発現を誘導して上皮の統合性を改善することで、放射線毒性を軽減できるとの仮説をたて、これを検証する目的でVHLと同様にHIFの発現を負に制御するPHDを阻害する戦略を着想した。
PHD には3種類のアイソフォーム(PHD1, 2, 3)が存在するが、それら構造遺伝子の一部をloxP配列で挟んだ遺伝子改変マウスを作成した。各マウスを、腸特異的プロモーターの制御下で組換えタンパク質Creを発現するVillin-Creマウスとかけあわせ、腸特異的にPHDアイソフォームのいずれか(PHD1, 2, or 3)、もしくは3つのPHDアイソフォームを組み合わせて(PHD1&2, 1&3, 2&3, or 1&2&3)、遺伝子破壊する系を確立した。これらのマウスに18GyのTAI(total abdominal irradiation; 全腹部照射)を行ったところ、腸特異的に全てのPHDアイソフォームがKOされたマウスについてはその70%が30日以上生存したが、同腹の野生型マウスについてはその全てが10日で死亡した。PHDが1種類または2種類だけKOされたマウスでは生存率に有意差がなかった。次に、PHDのパン阻害剤であるDMOG(dimethyloxallyl glycine; ジメチルオキサリルグリシン)を投与した場合に、HIFの発現が増加し、致死線量のTAIによる死亡率が減少した。この時、腸陰窩のアポトーシスの減少と再生が確認された。さらにH2X染色を行ったがDMOG投与群と非投与群で差はみられなかったことから、DMOGによる死亡率の減少がDNA損傷修復系の活性化によるという可能性が否定された。またDMOGに骨髄防護作用がないことも確認された。
また、DMOG投与群のほうが下痢や体重減少は抑制されており、FITC-デキストラン・アッセイで腸の細胞透過性を調べると、DMOG投与群では照射後のバリア機能が改善しており、TFF3やMDR1の発現量がより高く、コントロール群のような高血糖や電解質異常を起こしていなかった。またDMOGを投与されてTAIを生き延びたマウスは照射2ヶ月後には、同週齢の個体と照射野の色素脱失以外に身体的な差がないことが確認された。
TAIが腸上皮に致死的な理由として、血管内皮細胞が損傷をうけるため、小腸が壊死と低酸素におちいることがある。その際に関与するメディエーターの一つであるVEGF(vascular endothelial growth factor; 血管上皮成長因子)の発現について調べると、TAI後にDMOGを投与した群やPHD全てがKOされた群でコントロール群より増加しており、腸陰窩の血管新生が亢進していた。VEGFを阻害すると、DMOG投与群の生存率はコントロール群と同程度まで下がった。さらに、血管内皮細胞に特異的なHIF1かHIF2のどちらかだけが発現しているマウスにTAIを行ったが、いずれも生き延びることはなかった。
HIF1あるいはHIF2のどちらかだけが腸上皮細胞に発現しているマウスを作成し、DMOGにより誘導されたHIF1とHIF2の発現レベルが同程度であることを確認後に、TAIを行うと、HIF2発現マウスの生存率はコントロール群より高く、また下痢にもなりにくくVEGFの腸上皮や血清中の発現量は高かったが、HIF1発現マウスではコントロール群と差がなかった。
次に内因性のHIF1やHIF2の関与をみるため、腸上皮でのHIF1の発現がKOされたマウスとHIF2 がKOされたマウスでDMOGあるいは生理食塩水を投与して照射すると、HIF1 KOマウスではDMOG投与群にのみ生き残るものが出るのに対し、HIF2 KOマウスでは両群とも死に至った。以上からHIF1でなく、HIF2がPHD阻害による放射線障害の消化管防護に必要十分であることがわかった。腸幹細胞とされるLgr5陽性細胞でも、腸幹細胞のリバース・プールとして機能するBmi1陽性細胞でも、HIF1あるいはHIF2どちらかのみの発現があっても、致死量のTAIからの腸の放射線防護には十分ではなかった。
DMOG投与により致死量の18GyのTAIを生き延びたマウスで晩期障害の程度を調べたところ、照射後20ヶ月で、体重が同週齢よりやや軽く、照射部位の色素脱失や下半身の骨髄の脂肪髄化による中程度の貧血がみられるが、その他異常はみられなかった。また、腸に瘻孔や線維化、明らかな悪性疾患を認めなかった。
アミフォスチンなどの放射線防護剤は、致死量の放射線被曝後でなく被曝前に投与されないと有効ではない。一方で、被曝緩和剤は、放射線被曝後に放射線毒性を減じる可能性があり、例えば原発事故などへの医学的処置に役立つ可能性がある。そこで、20GyのTAIから4時間後にDMOGを投与しても生存率は改善された。また、17Gyまたは19GyのTAIから24時間後にDMOGを投与した場合、19Gyでは有効ではなかったが、17Gyでは生存率が改善した。また、17GyのTAI前にVEGF阻害剤を投与すると、DMOGの放射線防護効果を完全に打ち消してしまった。そのため、DMOGによる照射後障害の緩和効果においても、VEGFは重要と考えられた。16GyのTBIから24時間後に骨髄移植かつDMOG投与群で生存率が改善したが、それ以外の群では死亡した。
以上より、PHDを阻害してHIF2を安定化することで、上皮の統合性が改善されVEGFの発現の増加による血管新生を亢進することにより、放射線毒性を軽減することが示された。従来の放射線防護剤と違い、PHD阻害剤であるDMOGは放射線被曝後に投与しても、RIGSを緩和できる可能性がある。大規模な放射線被曝事故後の医学的処置として、PHD阻害剤が開発されることが期待される。一方で(ここでは詳細は述べなかったが)、本論文で筆者らは、DMOGにがん細胞を放射線から防護する効果がないことを確認していることから、放射線治療後の副作用対策にもDMOGは有用であるかもしれない。