損傷DNAを起因とする転写エラーは細胞に影響を及ぼすのか?
論文標題 | Transcriptional Mutagenesis Induced by Uracil and 8-Oxoguanine in Escherichia coli |
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著者 | Bregeon D, Doddridge ZA, You HJ, Weiss B, Doetsch PW. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Mol Cell, 12, 959-970, 2003. |
キーワード | DNA損傷 , 突然変異 , 8-オキソグアニン , 転写 , DNA複製 |
遺伝子が突然変異し、変異タンパク質がつくられる現象は、生物進化の一要因であるとともに、遺伝病、ガンの発生原因ともいえる。変異タンパク質が生じる過程としては、DNAの塩基配列が変化し、その情報がmRNAを経てタンパク質に伝わるというのが一般的な考え方であり、DNAポリメラーゼのエラーが塩基配列の変化にどのように結びつくかということが注目されている。『DNAポリメラーゼが突然変異をつくる』という現象は細胞がさかんに増殖し、細胞周期にともなうDNA合成が繰り返されている状態に起こる。しかし、多細胞生物の分化した組織の細胞や、土壌や大腸の中など自然界に生息するバクテリアは、必ずしも増殖がさかんなわけではない、その一方で、mRNAの転写は、増殖期であるか否かに関わらず恒常的におこなわれているため、転写時のエラーがタンパク質のアミノ酸配列に変化を及ぼすというモデルは大変興味深いものである。本論文では、転写の段階でおこる突然変異の存在を検証している。
論文は以下に概略した実験を中心に構成されている。
i プラスミド内のルシフェラーゼ遺伝子に人工的にウラシル、または、8-オキソグアニンを導入する。
ii DNA合成を阻害した大腸菌にIのプラスミドを導入すると同時に、ルシフェラーゼ遺伝子の転写を促進する。
iii ルシフェラーゼ遺伝子の活性を測定する、または、ルシフェラーゼ遺伝子mRNAの配列と、ウラシル、8-オキソグアニンを含むルシフェラーゼ遺伝子を鋳型としたmRNAの配列を比較する。
結果としては、ウラシルの向かいにはアデニンが、8-オキソグアニンの向かいにはアデニンまたはシトシンが取り込まれ、ルシフェラーゼタンパク質の活性にも大きな変化がみられた。RNAポリメラーゼにおける塩基の挿入の特異性はDNAポリメラーゼの塩基によるものと類似している。これらの実験事実は、DNAの損傷塩基が転写時のエラーを誘導し、タンパク質のアミノ酸配列に影響を及ぼしたことを示す。
仮に、増殖を止めている細胞において,あるDNA損傷による転写エラーで作られた変異タンパク質が増殖を再開するきっかけとなったとする。その転写エラーをおこした損傷塩基は。再開したDNA複製においてもエラーを引き起こすと、DNAの塩基配列において変異が固定される。このような現象もガン化、進化のプロセスとして十分に考えられるのではないだろうか?
<関連論文>
1. Doetsch, P.W. Translesion synthesis by RNA polymerases:occurrence and biological implications for transcriptional mutagenesis. Mutat. Res. 510, 131-140, 2002.
2. Kuraoka, I., Endou, M., Yamaguchi, Y., Wada, T., Handa, H.,Tanaka, K. Effects of endogenous DNA base lesions on transcription elongation by mammalian RNA polymerase II. Implications for transcription-coupled DNA repair and transcriptional mutagenesis. J. Biol. Chem. 278, 7294-7299, 2003.
3. Holmquist, G.P. Cell-selfish modes of evolution and mutations directed after transcriptional bypass. Mutat. Res. 510,141-152, 2002.