マウス細胞とヒト細胞のトランスフォーメイションの違い
論文標題 | Species- and cell type-specific requirements for cellular transformation |
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著者 | Rangarajan A, Hong SJ, Gifford A, Weinberg RA. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Cell, 6, 171-183, 2004. |
キーワード | トランスフォーメーション , 不死化 , 癌化 , p53 , テロメラーゼ |
マウス細胞とヒト細胞のトランスフォーメイションの違いがこれまでの多くの実験から明らかにされてきたが、細胞の age や由来する組織、そして方法などが統一されておらず、このトランスフォーメイションの違いについて体系的にはまだ理解されていなかった。そこで著者達はマウス細胞とヒト細胞のトランスフォーメイションの違いについて可能な限り条件をそろえて比較検討を行なった。以下にその方法をまとめる。
・マウス皮膚腺維芽細胞とヒト皮膚腺維芽細胞を主に使用 (どちらも新生児由来)。
・TERT (Telomerase reverse transcriptase) による細胞の不死化を増殖曲線とSA-beta-galactosidase染色で検討。
・Rasのmutants 遺伝子 (Ras 経路を活性化) やSV40のLarge T (LT) とSmall T (ST) antigen遺伝子を導入 (LT や LT の mutants で p53 と pRb の経路を抑制:ST はPP2A (Protein phosphatase 2A) を抑制) によってトランスフォームさせる。
・トランスフォーメイションについては軟寒天培養とヌードマウスへの移植によって解析。
不死化することがトランスフォーメイションへの第一段階である。そこでまず始めに継代を繰り返してマウス・ヒト両腺維芽細胞の増殖能をそれぞれ検討した。マウス細胞は容易に不死化するが、ヒト細胞は 50 回分裂する辺りで細胞老化の表現型を示した (Dr. Hayflick の結果と同様)。TERT と不死化との関係を調べたところ、マウス細胞では TERT 非依存的に不死化するのに対しヒト細胞では TERT 依存的に不死化した。さらに、著者達は SV40- LT, ST, そして Ras の mutant 遺伝子などを導入していき、その結果、マウス腺維芽細胞とヒト腺維芽細胞ではトランスフォーメイションに必要な経路に違いが見られ、マウスでは 2つの変化が必要なのに対しヒトでは 6つの変化が必要であることを示した。まとめると、次に挙げる経路の異常がトランスフォーメイションに関与していることになる。
・マウス:p53 (or pRb), Raf
・ヒト:p53, pRb, telomerase, PP2A, Raf, Ral-GEF (Guanine nucleotide exchange factor)
またヒト胎児腎細胞とヒト乳腺上皮細胞についても同様の実験を行い、ヒト腺維芽細胞の「Raf と Ral-GEF」の部分が「PI3K と Ral-GEF」 そして「Raf, PI3K, Ral-GEF」にそれぞれ置き換わることも報告している。Raf, PI3K, Ral-GEF は Ras 経路を代表するものであり、このことはRas 経路が組織特異的ながんの発生に関与していることを示唆している。
今回の論文で得られた結果とヒトで実際に生じるがん細胞の変異との比較検討は今後も必要であるし、今回の論文で得られた結果が当てはまるとは限らない。組織特異的な発がんに必要な異常がおそらく他にも数多くみつかるはずである。しかしながら、トランスフォーメイションに必要な異常を今回の論文のように明確にしていくことで、比較検討をするためのターゲットが絞り込みやすくなるし、マウスを用いた発がん実験の長所・短所もより鮮明になるはずである。また、放射線による細胞のトランスフォーメイションを考える上でも、今回報告された経路の異常が実際に観察されるかどうかも興味のあるところである。
本論文に関連する総説も既に同グループからでており (1)、発がんモデルマウスの特徴やヒトのがんとの比較などが広範囲にわたって述べられている (例えば、基礎代謝や発がん物質の活性化/中和の違い、がんになりやすい組織の違い、核型異常の違い、など)。発がんモデルマウスと言えばがん関連遺伝子改変マウスが主流になっているが、この総説の中ではヒト細胞 (組織) 移植マウスについても取り上げており、ほぼ同じタイミングで別の論文を発表している (2)。この論文の中で著者達は、TERT で不死化したヒト腺維芽細胞と放射線照射を利用してヒト乳腺組織保持 NOD/SCID マウスを作ったことを報告している。ポイントの一つは、放射線照射したヒト不死化腺維芽細胞の前移植によってヒト乳腺上皮細胞移植の下地となる結合組織の形成を促進させたことである。バイスタンダー効果の応用ともとれるこの方法によってマウス体内にヒト乳腺組織を再構築させることに成功しており、乳がん研究などの様々な実験への応用が予想される。
最近 TERT を利用したヒトモノクローナル抗体の効果的な作製についても報告があったので (3)、最後に紹介したい。脾臓や末梢血由来のヒトB細胞とマウスの骨髄腫細胞株 (TERT とIL-6が強発現)を融合させ、そのハイブリドーマの増殖/維持と抗体産生を TERT と IL-6でサポートさせる方法である。ヒトモノクローナル抗体という点から医療の分野で注目されるのは当然のことながら、細胞増殖と染色体維持に関する興味深い考察も論文の中にさりげなく含まれていたように思う。
<関連論文>
1. Rangarajan A, Weinberg RA. Opinion: Comparative biology of mouse versus human cells: modelling human cancer in mice. Nat Rev Cancer. 3, 952-959 (2003)
2. Kuperwasser C, Chavarria T, Wu M, Magrane G, Gray JW, Carey L, Richardson A, Weinberg RA. Reconstruction of functionally normal and malignant human breast tissues in mice. Proc Natl Acad Sci U S A. 101, 4966-4971 (2004)
3. Dessain SK, Adekar SP, Stevens JB, Carpenter KA, Skorski ML, Barnoski BL, Goldsby RA, Weinberg RA. High efficiency creation of human monoclonal antibody-producing hybridomas. J Immunol Methods. 291, 109-122 (2004)