日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

コケイン症候群で欠損しているタンパク質のDNA障害応答を制御する要因の解析

論文標題 Elements that Regulate the DNA Damage Response of Proteins Defective in Cockayne Syndrom
著者 Iyama T, Wilson III DM
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
J. Mol. Biol. 428, 62-78, 2016
キーワード Cockayne syndrome , CSA/ERCC8 , CSB/ERCC6 , DNA damage response , DNA Repair

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<はじめに>
 私たちのグループはヒトの老化に関わる多くの生物学的な現象を解明し、さらに早期老化症状(早老症)を示す疾患の治療を目指して研究をすすめている。これまで、早老症の責任遺伝子として同定された遺伝子産物の多くがDNA修復に関わるとの報告がなされている。今回、早老症状を示すコケイン症候群(Cockayne syndrome; CS)の責任遺伝子CSAとCSBの機能の解明を目的として、さまざまなDNA障害タイプに応じたCSタンパク質のリクルートメント解析、さらにそのリクルートメントを修飾する因子について研究を行った。

<コケイン症候群>
 コケイン症候群は早期老化症状を示す極めて稀な常染色体劣性遺伝性病である。特徴的な症状として、発達障害、多臓器に及ぶ進行性の変性症状、そして紫外線(UV)に対する感受性である。これまでCSの原因遺伝子として、2つの主要な相補性群、CSA (ERCC8)とCSB (ERCC6) が報告されており、これらがコードするタンパク質はDNA修復や転写に関わることが示唆されている。これらCSタンパク質がDNA修復に関わると数十年にわたって議論され、特に、CS患者やその細胞がUV感受性であることが初期の研究成果として報告されている。しかしながら、この現象がCSの主要な症状、つまり発達障害や神経変性疾患を直接的に説明できないとも認識されている。

<コケイン症候群責任遺伝子とDNA修復>
 CSAとCSBが転写と共役したDNAヌクレオチド除去修復 (transcription-coupled nucleotide excision repair: TC-NER) の反応に関与することが、CS患者細胞が (i) UVに高感受性であること、(ii) UV照射後RNA合成回復に障害をきたすことから示唆されている。UV照射によりDNA内にはシクロブタンピリミジンダイマー(cyclobutane pyrimidine dimers, CPD)や(6-4)光産物(pyrimidone photoproducts, (6-4)PP)を生成する。その欠損細胞はDNAの2重らせんにゆがみを与えるDNA鎖内あるいは鎖間の架橋障害を形成する化合物に対して感受性を示す報告がなされている。また、酸化DNA障害をもたらす試薬、例えばγ線、パラコートや臭化カリウムに対してCS欠損細胞が感受性を示す報告もある。CSBが塩基除去修復(BER)過程に関与するグリコシラーゼNEIL1やNEIL2 にそれぞれ機能的な相互作用を示す報告もある。
 近年、著者らはCSBと5’-3’ エキソヌクレアーゼSNM1Aが相互作用することを見出し、CSBがDNA鎖間架橋障害(interstrand crosslinks, ICLs)に転写依存的な応答を示すことを報告した。最近、CSBが相同組換え(homologous recombination, HR)を介して、二本鎖切断(DSB)修復を調節することが報告されており、CSタンパク質が多様なDNA障害の修復に関わることが報告されている。しかしながら、疾患に直接関与する本質的なDNA障害について、未だ明らかになっていない。

<本研究の目的と戦略> 
 今回、著者らは高解像度の生細胞イメージングと、細胞核内の局所にDNA障害を生成するレーザーを組み合わせることで、タンパク質が異なるDNA障害、つまりDSB、DNAモノアダクト、ICLs、あるいは酸化的DNA障害に対するリクルートメント解析を可能にした。ここで、私たちはCSAとCSBのDNA障害に対するリクルートメントやその応答蓄積を制御する因子の特定を試みた。

<結果>
1.CSBの応答プロファイルはDNA障害のタイプによって異なる。
 CSBを一過性に発現させたHeLa細胞およびCSB欠損細胞へCSBの安定導入細胞株を用いて、異なる種類のDNA障害に対するリクルートメント解析を行った。いずれの細胞でも、ICLs > DSBs > DNAモノアダクト> 酸化的DNA障害の順でCSBが応答することを明らかにした。

2.転写阻害はDNA障害のタイプにより、CSBの応答に影響を与えた。
 RNAポリメラーゼ阻害剤α-amanitinの処理により、DNAモノアダクトに対するCSBのリクルートメントは明らかに低下した。(なお、ICLsに対して転写依存的な集積を既に報告している。)しかしながら、酸化的DNA障害に対し、CSBの初期段階のリクルートメントに影響を及ぼさなかったものの、その保持時間の短縮を認めた。

3.ヒストンの脱アセチル化阻害剤はCSBの応答に影響を及ぼすが、プロテオソーム阻害剤の影響は認められなかった。

4.CSBのC末端の部分は、そのN末端部分よりもDNA障害への応答に重要である。
 CSBの1次構造として、中央にSWI2/SNF2 ヘリケース様ATPaseドメインの存在が知られているが、そのN末端およびC末端部分の機能について、あまりよく知られていない。N末端部分(N-CSB)、中央部分(M-CSB: ATPase ドメイン)およびC末端部分(C-CSB)の3つのGFPタグ付きフラグメントを構築し、それぞれのCSBフラグメントのリクルートメントにおける役割を検討することとした。まず、HeLa細胞に一過性に発現させると、N-CSBは核内に一様に分布し、M-CSBは細胞内に一様に、特に細胞質に分布するものの、核小体には分布せず、またC-CSBはCSBの全長のタンパク質と類似した細胞内局在を示したが、より核小体に強い分布が認められた。
 次に、これらのフラグメントについて、リクルートメント解析を行った。C-CSBはいずれのDNA障害に対しても、CSB全長タンパク質と同様の集積が認められ、N-CSBの蓄積は明らかに減弱していた。また、M-CSBはいずれのDNA障害についても集積を認めなかった。

5.CSBのユビキチン結合ドメインはDNA障害に対するCSBの応答に必須であるが、ATP分解活性は影響を与えなかった。
 CSBの機能について、M-CSB部分のATPase活性ドメインおよびC末端部分のユビキチン結合ドメインの報告がある。そこで、それらの機能によりDNA障害へのリクルートメントに影響があるかどうかを調べるため、これらの活性変異体が発現するコンストラクト、ATPase活性欠損変異体(CSBK538A)とユビキチン結合欠損変異体(CSB UBDmut)を作製した。各種DNA障害に対して、CSBK538Aは正常なCSBとほぼ同様のリクルートメントプロファイルを示した。しかしながら、CSB UBDmutはいずれのDNA障害に対しても応答しなかった。

6.CSAはDNA障害に対するCSBの蓄積を制御しなかった。
 CSAによりCSBのリクルートメントが修飾されるかどうかを調べるために、まずCSA欠損細胞(CSA(-))とその細胞にCSAを発現させた細胞株(CSA(+))を作製した。そして、その発現させたCSAタンパク質が機能的であるかどうかを調べるために、UV照射後の生存率を検討した。CSA(+)細胞でCSA(-)細胞よりもUVに対し、明らかな抵抗性を示し、発現させたCSAが機能していると判断した。これらの細胞にそれぞれGFPタグCSBを一過性に発現させ、DNA障害に対する応答を検討したが、いずれのDNA障害に対してもCSA存在の有無により、CSBのリクルートメントに対する影響を認めなかった。

7.CSAは酸化的DNA障害への集積は認められず、より複雑なDNA障害に対する集積を認めた。
 一過性にCSAを発現させたHeLa細胞ならびにCSA欠損細胞へのCSA安定導入株を用い、DNA障害に対するリクルートメントを検討した。いずれも酸化的DNA障害への蓄積を認めなかったものの、他のICLs、DSB、DNAモノアダクトに対する蓄積を認めた。

<おわりに>
 DNA修復反応は障害部分の認識、損傷部分を含むオリゴヌクレオチドの除去、そしてDNA合成反応により正常なDNA配列に戻すといった多段階の生物学的な反応から成り立っており、必然的に多くのタンパク質が関与する。CSタンパク質はその最上流の損傷部分の認識に関わることがこれまでの研究により示唆され、その中でも今回のリクルートメント解析はこの損傷部分の認識の初期段階を明らかにするものである。今回の解析で、DNA障害タイプによりCSA及びCSBの応答が異なることを明らかにした。さらに、以下のような興味深い知見も得られた。CSBのATPase活性がUV抵抗性に必須であるとの報告があるものの、今回のデータによりリクルートメントに必須でなかった。これはリクルートメント段階とその後のイベント、例えばクロマチンリモデリングなどでCSBドメインの機能的な役割が異なる可能性を示唆する。また、CSBのC末端側がリクルートメント並びに細胞内局在に重要で、その中でもユビキチン結合ドメインが必須であることを明らかにした。しかしながら、この部分への結合パートナータンパク質は依然議論の的であり、今後のさらなる研究が必要である。今後、タンパク質の応答、そして蓄積、DNA修復、さらに損傷(完了)部分からの解離までの時空間的なプロセスを明らかにしたいと考えている。