書評:放射線と免疫・ストレス・がん
論文標題 | |
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著者 | 佐渡敏彦 |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
総頁数:530頁(本体5,500円)、2015 年12 月、医療科学社 |
キーワード | 放射線影響 , 免疫システム , ストレス , がん誘発 , 低線量放射線 |
書評:放射線と免疫・ストレス・がん(著者;佐渡敏彦)
この本は、放射線の生体影響における免疫の関与について長年放医研で研究に携わり、その後も教育、文献調査を通して思索を重ねてこられた佐渡敏彦先生が満を持してまとめられた中身の濃い力作である。内容は以下の7章に分けられている。
① 免疫系のしくみと免疫系を構成する細胞群
② 免疫応答における細胞増幅と免疫記憶及び免疫応答の修飾要因
③ 放射線と免疫(1)免疫系への放射線の影響研究の歴史と免疫系における線量反応
④ 放射線と造血幹細胞移植
⑤ 放射線と免疫(2)造血免疫系への放射線の晩発性影響と放射線ホルミシス
⑥ がんと免疫監視・放射線治療と免疫
⑦ ストレスと免疫とがんおよび神経障害
記述は、免疫学の黎明期の話から免疫システムのしくみ、放射線への応答、骨髄移植、放射線影響の最先端研究まで、歴史的な流れを踏まえながら、重要な論文を中心に丁寧に分かり易く紹介されている。多くの場合それらの論文の基礎となるデータを正確に理解できるよう図表が引用され、明解な説明が加えられている。専門性の高い用語については随時解説され、放射線の単位等についても統一されており理解し易く、原論文に戻ってチェックし直す必要もない。説得力のある文章は戦記物語や歴史小説を読むような吸引力を感じさせる。5〜6章では放射線発がんにおける免疫の関与について多様な観点からの解析が紹介されている。免疫活性の長期的低下や炎症性サイトカインの増加が見られる一方、低線量放射線の場合には抗酸化能の増加や免疫系の活性化も報告されている。ホルミシス効果についての要点とその存在についての私見やLNT 仮説についても熱く語られている。7 章ではストレスによる神経、免疫、ホルモンを介した発がんについて多くの最新の論文が紹介されている。その1つを紹介すると、1分間に45 回転する円盤にマウスを置き、10 分間廻し続け、その後50 分休息するというストレスを2回続けると血中の白血球数は半減し、24時間続けると胸腺の重量が60% に減少。その程度は放射線0.25 ~ 0.5 Gyを照射した時の反応に匹敵するとのことである。他にも、生体にとって最もエネルギー消費の少なくてすむ外気温 (thermoneutrality) はマウスでもヒトでも約30℃ であり、通常飼育に使われている23℃ は「寒い」こと、マウスを手で掴まえるのが3分を超えると血中のコルチコステロン濃度が急上昇すること等々、研究の現場に直結する情報も満載である。
本書は原稿の段階で多くの名だたる免疫学者や放射線生物学者の査読を受けているためであろう、いわゆるバグが少なく内容に高い信頼性があるのも特徴といえよう。
放射線の個体レベルでの影響解析は複雑であり、それが故に挑戦のしがいもある。DNA の損傷、修復、突然変異や細胞の死、回復、再生といった事象に加えて免疫やホルモン、神経等全身の健全性を保つシステムの関与が加わる。特に免疫は生成したがん細胞の消去および増殖の抑制だけでなく、炎症反応を通してさまざまな障害の発生にも関わっているとされる。
この本は個体レベルでの放射線影響を理解しようとするときの1つのバイブルとなろう。これだけ膨大な知識をまとめあげ、そのエッセンスを記述して頂いたことに深く感謝したい。本書が多くの研究者に読まれることを期待してやまない。