3次元工学腫瘍モデルを用いた低酸素勾配における細胞代謝と表現型の空間的スナップショット解析
論文標題 | A three-dimensional engineered tumour for spatial snapshot analysis of cell metabolism and phenotype in hypoxic gradients |
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著者 | Rodenhizer D, Gaude E, Cojocari D, Mahadevan R, Frezza C, Wouters BG, McGuigan AP. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat Mater 15:227–234, 2016 |
キーワード | 低酸素 , 3次元腫瘍モデル , 放射線感受性 , 代謝応答 , メタボローム解析 |
[はじめに]
これまで、がん細胞内で起こる主要な代謝再プログラミングは主に2次元細胞培養状態において調べられてきた。その場合、3次元での腫瘍に存在する組織勾配や細胞間接着の空間的様相というものを包括して議論することができない。この点を解決するため、スフェロイドや足場材料を利用した3D腫瘍モデルが数多く考案されてきたが、mRNAや蛋白質に比べてターンオーバーの早い代謝物の挙動を解析するには、迅速なサンプル回収に難点があった。
本論文において、トロント大学のAlison P. McGuiganらのグループは足場と腫瘍細胞を複合させたシート片を巻き取ることで3次元の腫瘍を作り上げる細胞工学に基づいた実験モデルを確立した。これにより酸素勾配により流動的に変化する細胞表現型や細胞代謝の空間的マッピングが可能になったことを報告している。
[ロール状人工バイオシート腫瘍モデルTRACERの構築]
考案したバイオシート3D腫瘍モデルTRACER (Tumour Roll for Analysis of Cellular Environment and Response)は、以下の方法で作製された。レイヤー層を示すナンバリングが施された多孔性セルロースシート片(0.5 cm x 12 cm, 厚さ 38 μm ± 4 μm, Miniminit Products)に、I型コラーゲンと混合された細胞を接着させ、アルミニウム製芯棒(高さ17 mm、直径9 mmの円筒形で、巻き取ったTRACERが収まる幅5 mm、深さ2 mmの溝がある)に巻きつけることで立体化させた。巻き取られたシート片はレーザープリントされたガイド線に合わせてポリエチレン製クリップにより固定され、ロール状となったTRACERは6穴プレート内で直立を保持したまま培養した。ロールを瞬時(~ 1 sec)に展開することで元の単層レイヤーに戻すことが可能であり、速やかに凍結や固定などその後の解析のためのサンプル回収が行える(下記URL動画参照)。
http://www.wklab.org/2015/a-three-dimensional-engineered-tumour-for-spatial-snapshot-analysis-of-cell-metabolism-and-phenotype-in-hypoxic-gradients/
[TRACERにおける腫瘍3次元構造の評価]
6層のレイヤー構造にすることで、in vivoでの酸素勾配を模擬した100~200 μm厚のTRACERが構築される。セルロース中での細胞間接着は形成される一方で、レイヤー間での細胞の移動はない。内部のレイヤー層で酸素枯渇による細胞増殖の低下と細胞死の増加が観察された。また処理したドキソルビシンの薬剤濃度が内部レイヤーに向かって減少していること、EF5を指標とした低酸素領域が内層レイヤーで観察されること、さらに内層でHIF-1やUPRといった低酸素誘導シグナル応答の活性化や放射線感受性の低下が観察された。以上のことから、TRACER腫瘍モデルにおいて薬剤浸透性や酸素勾配といったin vivo腫瘍環境が実現され、細胞の振る舞いもそれを裏付けることが明らかとなった。
[TRACERを用いた細胞代謝応答のスナップショット解析]
TRACERによって構築された3次元構造を瞬時に解離し主要な代謝物についてLC-MSメタボローム解析を行った。その階層的クラスター解析からレイヤー毎の類似性が認められ、主成分解析によりレイヤー順に代謝特性が変化していることが明らかとなった。Lactate、Hexose、Glycerateなど解糖系に関連する代謝物がレイヤー毎のEF5レベルと相関していることから、低酸素による解糖系代謝リプログラミングが生じていることが示された。他にも、Arginineの低下やASAの上昇など尿素回路の変化や、近年発がんに関与する代謝物として知られるようになった2-Hydroxy glutarateの上昇が内層レイヤーで観察された。
またHIF-1αノックダウン細胞での同様のメタボローム解析を行うことにより、レイヤー間での代謝物変化のHIF-1依存性について検討した。その結果、Lactateなど解糖系代謝物の変化はHIF-1非依存性である一方で、HIF-1αノックダウン細胞でのみレイヤー間で差が見られる代謝物として、AconitateやCitrateといったTCA回路生成物(内層で低下)、StearoylcarnitineやPalmitoylcarnitineなど長鎖脂肪酸アシルカルニチン(内層で上昇)、TryptophanやKynurenineといったトリプトファン代謝物(それぞれ内層で低下および上昇)の変化が観察された。
[おわりに]
著者らの考案したTRACERを用いた3次元培養モデルは、in vivo腫瘍での低酸素勾配や灌流勾配を完全に擬似できるとともに、速やかな単層レイヤーへの解離を可能とすることで、短時間で変化する細胞表現型や細胞代謝物のスナップショット空間マッピングを実現した。注目すべき点としては、Tryptophan枯渇やKynurenine蓄積から推察されるトリプトファン異化におけるIndoleamine dioxygenaseや、ヒポキサンチン経路におけるXanthine oxidaseといった酸化還元酵素がHIF-1の制御を受ける新しい因子として明らかになったことである。放射線応答においても低酸素に代表される腫瘍微小環境は大きな影響を及ぼすが、限られた実験条件からその全容が明らかになっているとは言い難い。TRACERのような超早期の表現型変化を検出できるシステムが、新規の細胞応答機構の解明や新たな治療標的の同定に繋がっていくことを期待したい。