ヒストンバリアントH2A.Xは上皮間葉転換の制御因子である
論文標題 | The histone variant H2A.X is a regulator of the epithelial-mesenchymal transition |
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著者 | Weyemi U, Redon CE, Choudhuri R, Aziz T, Maeda D, Boufraqech M, Parekh PR, Sethi TK, Kasoji M, Abrams N, Merchant A, Rajapakse VN, Bonner WM |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nat. Commun. 7: 10711, 2016 |
キーワード | 上皮間葉転換 , H2AX , Slug , ZEB1 |
がん細胞が原発巣から遠位臓器へと転移する際、細胞は細胞外基質へと浸潤する間葉系の性質を獲得する。この可逆的な形質変化は、上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition: EMT) として知られている(逆に上皮系の性質を獲得する場合の形質変化はmesenchymal-epithelial transition: METとして知られる)。EMTの分子メカニズムには、間葉系遺伝子の活性化と上皮系遺伝子の発現抑制、細胞外マトリックス分解酵素マーカーの発現、葉状仮足、糸状仮足や浸潤突起の形成などがある。このようなEMT関連因子の転写制御機構としてクロマチン構造の変化が重要であることが明らかとなってきているが、その詳細は不明なままである。近年H2AバリアントであるmacroH2Aがメラノーマの進行を抑制する決定的なクロマチン構成要素であることが示されるなど、ヒストンバリアントの発現変化とがんの関連性が着目されている。ヒストンH2Aファミリーに属するヒストンH2A.XはDNA二本鎖切断修復とゲノム安定性において必要不可欠な役割を果たし、腫瘍抑制因子に分類される。他のH2Aバリアントと同様、H2A.Xの相対量は細胞株間によって大きく異なるが、こうしたH2A.Xの発現レベルとクロマチン構造変化の関係や遺伝子の転写制御への影響については十分な研究がなされていない。
今回著者らは、H2A.X欠損がEMT誘発性転写因子SlugおよびZEB1を介したEMT経路の活性化、さらにはH2A.Xの再発現が転移増殖能の誘導をもたらすことを報告している。これらの結果から著者らは、H2A.Xの発現低下がクロマチン構造の変化を介したがん遺伝子の発現変化をもたらし、EMT経路を制御するという新しい仮説を提唱している。
<H2A.XはEMTおよび結腸がん転移経路を制御する>
shRNAによりヒト結腸がん由来細胞HCT116のH2A.X欠損細胞株を作成したところ、H2A.X欠損HCT116細胞は上皮系細胞の形状を失うとともに間葉系の形状を示し、より高い浸潤能を示した。このことはH2A.XがEMT経路において何らかの役割を有していることを示唆している。そこで次に著者らはH2A.X欠損細胞とコントロール細胞のゲノム全体における遺伝子発現解析を行い、発現量の異なる85個の細胞運動関連遺伝子を同定した。その中で特に浸潤、転移、遊走の経路に共通する18個の遺伝子のうち、間葉系の形質に必要な13個の遺伝子はH2A.X欠損細胞で発現が上昇した一方、5個の上皮系遺伝子は発現レベルの低下を示した。RT-PCRを用いた詳細解析によりEMT誘導性転写因子であるSlugとZEB1遺伝子がH2A.X欠損細胞で発現上昇していることが明らかとなったことから、両遺伝子がH2A.Xによって制御されるEMT関連転写因子であると示唆された。HCT116のEMT様形質変化は、macroH2AやH2A.Zの欠損では認められなかったことから、H2A.X欠損特異的な変化であることが確認された。
<SlugとZEB1はH2A.X欠損誘発性EMTを媒介する>
次に著者らはSlugとZEB1がH2A.XによるEMT誘導を本当に媒介しうるかどうかを検討するために、H2A.X欠損細胞でSlugとZEB1のsiRNAによる発現抑制実験を行った。H2A.X欠損細胞におけるsiRNA処理は、E-cadherinとβ-cateninを含む上皮系のタンパク質発現を正常細胞に近いレベルまで回復したことから、SlugおよびZEB1がH2A.X欠損によるEMT誘導を媒介していることが示された。著者らは、これまでの知見を確認するためにCRISPR/Cas9システムを用いてH2A.X-KO HCT116を作成し同様の実験を行っており、H2A.X-KO細胞でもSlug, ZEB1、VIM、THBS1、VCAN、TGFB2などの間葉系の遺伝子の大きな発現増加とともに、上皮系遺伝子であるCDH1の発現低下が認められた。
H2A.X欠損により認められたSlugおよびZEB1の発現上昇のメカニズムを知るため、両遺伝子のプロモーター活性を検討した結果、H2A.X欠損細胞ではプロモーター活性が大きく上昇していた。さらに、両遺伝子のプロモーター領域におけるH3K9やH3K27のアセチル化レベルも大きく上昇していたことから、H2A.X欠損によるクロマチン構造の変化が示唆された。
<H2A.Xの再発現は部分的なEMT解除をもたらす>
H2A.Xの欠損がSlugやZEB1を介してEMTを誘導しているという知見を踏まえ、次に著者らはH2A.X-KO細胞でのH2A.X再発現がHCT116-parental細胞の特徴を回復するかどうかを検討したところ、revertant(発現回復)細胞はparental細胞と同レベルの増殖速度を示したが、興味深いことに、EMTマーカータンパク質は正常レベルまで完全には回復しなかった。具体的にはE-cadherinとβ-cateninを含む上皮マーカーはparental細胞と近いレベルまで発現上昇した一方で、Slug、ZEB1、ITGB4を含む間葉系のマーカータンパク質はparentalレベルより大きく高いままであった。つまりH2A.Xの発現レベルは回復しているにも関わらずrevertant細胞はKO細胞とparental細胞の中間の形質を示したといえる。
<H2A.Xの再発現は転移増殖を誘導する>
著者らはH2A.X再発現細胞の性質を理解するため、H2A.Xの欠損、再発現ががん細胞の転移増殖能にどう影響するのかを検討した。マウスモデルにparental細胞、KO細胞、revertant細胞をそれぞれinjectionし、肺への転移レベルを解析した結果、revertant細胞をinjectionしたマウスで最も多くの肺転移が検出された。最近の報告でEMTはがん転移における重要な特徴であるが、EMTから再び上皮系の形質を獲得するMETが転移増殖に重要であることが指摘されている。Revertant細胞がparental細胞とKO細胞の中間の形質を示したとともに、最も転移増殖能が高かった今回の結果は、H2A.X-KO細胞へのH2A.Xの再発現は不完全なMETを誘発し、間葉系の特徴を保持しながらもがん細胞の増殖能力を亢進していることが示唆された。
最後に著者らはH2A.XのDNA損傷応答機能とEMT制御の関連性についてリン酸化部位変異型H2A.X発現細胞を用いてEMTマーカータンパク質の発現を検討した。その結果、興味深いことに、H2A.X-mutant細胞ではrevertant細胞に見られた増殖速度の回復やEMTの部分的解除は認められず、KO細胞とほぼ同様の形質を示した。このことは、H2A.XのDNA損傷応答機能がEMT経路関連因子の制御においても重要であることを示唆している。
以上、本論文で著者らは結腸がん細胞においてH2A.XがEMT経路の制御因子であることを実証した。今後、結腸がん以外の臓器由来がんにおいても同様の現象が認められるのか、同じ分子経路によるEMT制御がなされているのか、H2A.X欠損によるクロマチンリモデリングのメカニズムはどのようなものなのかなどの研究が必要ではあるものの、癌進行と転移におけるH2A.Xの新しい役割を提示した興味深い論文であるといえる。