リアルタイムPCRを用いた高感度DNA損傷定量法の開発
論文標題 | LORD-Q: a long-run real-time PCR-based DNA-damage quantification method for nuclear and mitochondrial genome analysis. |
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著者 | Lehle S, Hildebrand DG, Merz B, Malak PN, Becker MS, Schmezer P, Essmann F, Schulze-Osthoff K, Rothfuss O |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Nucleic Acids Res, 42, e41, 2014 |
キーワード | 配列特異的なDNA損傷定量 , リアルタイムPCR |
放射線は細胞内にDNA鎖切断や塩基損傷などの多様なDNA損傷を誘発する。また、そのようなDNA損傷は放射線を被ばくせずとも呼吸などの生命活動に伴って自発的に誘発され、老化や発がんのような様々な生物学的および病理学的過程と関連している。そのような過程の全容を明らかにしていくうえで原因となるDNA損傷の検出は必須であるが、多様なDNA損傷を定量するための方法は僅かしかない。また、それらの方法の多くは細胞内に生じたある種のDNA損傷しか検出できず、核およびミトコンドリアDNAの様々な位置に生じたDNA損傷を区別することができない。そこで著者らは、核およびミトコンドリアDNAの異なる位置に生じたDNA損傷を、リアルタイムPCR技術を用いて高感度に定量するための方法(LORD-Q法)を開発した。
リアルタイムPCRでは、ポリメラーゼの機能を阻害するような損傷が増幅するDNA配列内に生じた場合に、DNA増幅の遅延として損傷を検出できる。従来法では、数百bp以下のDNA配列しか増幅できなかったため、損傷の検出感度が低いという問題があったが、LORD-Q法では、正確で高速なDNAポリメラーゼと増幅阻害が少ないDNA染色試薬の組み合わせにより、4 kbまでの配列を増幅することができるようになった。また、本法はリアルタイムPCRを用いた遺伝子発現解析などで利用されるΔCt法(Ct:DNA配列がある一定量まで増幅されるPCRサイクル数。ΔCt:サンプル間のCtの差でDNA配列の初期コピー数の違いを反映。)を応用している。すなわち、核およびミトコンドリアDNAの3 kb~4 kbの長い配列と、入れ子にした40 bp~70 bpの短い配列を増幅するプライマーを作成した。前者を用いることで配列内に生じたDNA損傷をCt値の増加として検出し、後者はDNA配列の初期コピー数を標準化するために用いた。DNA損傷頻度は以下の式を用いて計算された。
DNA損傷頻度(/bp) ={[EL<sup>CtL(sample)</sup>×ES<sup>−CtS(sample)</sup>]
/[EL<sup>CtL(ref1)</sup>×ES<sup>−CtS(ref1)</sup>×…EL<sup>CtL(refn)</sup>×ES<sup>−CtS(refn)</sup>]<sup>1/n</sup>}<sup>1/a</sup>−1
ELとESは長い配列と短い配列の増幅効率、nはリファレンス試料の数、aは長い配列の塩基対数。CtはリアルタイムPCR付属のソフトウェアで決定した。
はじめに、LORD-Q法がDNA損傷を定量できるか調べるため、異なる用量のUVC、シスプラチン、エトポシド、ブレオマイシンで暴露したJurkat細胞でDNA損傷を定量した。その結果、UVCとシスプラチンでは核およびミトコンドリアDNAの双方で用量依存的なDNA損傷の誘発が検出されたが、酸化還元反応に基づき遺伝毒性を発揮するブレオマイシンの短時間暴露ではミトコンドリアDNAで、トポイソメラーゼII阻害剤であるエトポシドの長時間暴露では核DNAで用量依存的なDNA損傷の誘発が検出された。
次に、制限酵素AleIでミトコンドリアDNAとp53遺伝子配列の各1箇所を切断し、未切断の試料と異なる比率で混合したものをLORD-Q法で調べたところ、予想される損傷頻度と実験的に検出した損傷頻度がほぼ一致した。さらに、本法の感度を従来のPCR法およびコメットアッセイと比較するため、異なる用量のブレオマイシンで処理したJurkat細胞に誘発されるDNA損傷を検出した。その結果、従来のPCR法とコメットアッセイはそれぞれ1 μMと500 nMのブレオマイシン暴露で誘発されたDNA損傷を検出できたが、LORD-Q法は10 nM(これはがん患者の化学療法で通常達成される血清中濃度より約20倍低く、Jurkat細胞の半致死用量より1万倍低い)で誘発されたDNA損傷(ミトコンドリアDNAでは10 kbあたり0.3個)を検出でき、損傷検出感度が高いことが示された。
さらに、LORD-Q法でどのようなタイプのDNA損傷を検出できるか調べるため、多様な修飾塩基を持つ合成オリゴを鋳型に用いたところ、チミンダイマーや脱塩基、5-ハイドロメチルシトシンは検出できたが、5-Me-dC、8-Oxo-dAと8-Oxo-dGはできなかった。
また、LORD-Q法の応用例の一つとして、細胞あるいは遺伝子依存的なDNA損傷誘発を検出できるか調べるため、ヒトiPS細胞と、等遺伝的背景の繊維芽細胞にUVあるいはブレオマイシンを暴露した。その結果、直後のDNA損傷生成頻度はiPS細胞で有意に少なく、発生中のDNA損傷を最小化しなければならない幹細胞の特性を反映したものと考えられた。また、等DNA損傷頻度の用量では、修復後の損傷残存率はiPS細胞でより少なく、高いDNA修復能を反映した。さらに、Oct4遺伝子が高発現/コラーゲンをコードするCol1a1遺伝子が低発現のiPS細胞と、反対の発現パターンを示す繊維芽細胞にブレオマイシンを暴露したところ、直後のDNA損傷頻度は、iPS細胞ではOct4遺伝子で多く、繊維芽細胞ではCol1a1遺伝子で多く、遺伝子依存的なDNA損傷誘発を検出できることも明らかになった。
以上のように、LORD-Q法は、DNA損傷の定量において従来のPCR法やコメットアッセイを凌駕するような高い感受性を示し、コピー数の多いミトコンドリアDNAだけでなく核DNAにおいても、DNA配列特異的なDNA損傷の定量を可能にする。さらに、異なる細胞間の遺伝毒性感受性の評価、DNA修復能力のモニタリングやDNA損傷のホットスポットの特定に適しているなど、生命医科学分野における効果的なDNA損傷定量法であることがわかった。