日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

ラドンがラット赤色骨髄に及ぼす生物学的線量推定のためのγ-H2AXフォーカスに基づく分析法の確立

論文標題 Establishment of gamma-H2AX foci-based assay to determine biological dose of radon to red bone marrow in rats
著者 Wang J., He L., Fan D., Ding D., Wang X., Gao Y., Zhang X., Li Q., Chen, H
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Sci. Rep. 6: 30018, 2016
キーワード ラドン , γ-H2AX , DNA損傷 , 赤色骨髄

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 近年、国際的なコホート研究により長期低線量被曝作業者の白血病のリスクが上昇することが報告され、放射線防護の観点からその詳細な検討が必要とされている。著者らは、ラドンの子孫核種である210Poは骨に蓄積してα線を放出し、骨髄造血幹細胞に影響を及ぼし白血病をもたらすと考えた。そこで本研究では、ラドンが赤色骨髄(RBM)に及ぼす生物学的線量の推定のために、二重鎖切断部位周辺に集積されるγ-H2AXのフォーカスに基づく分析法について検討した。

 すなわち本研究では、ラット(male Sprague-Dawley rats)の末梢血リンパ球(PBL)と骨髄リンパ球(BML)を用いて、in vitroとin vivoの実験を行った。in vitroでは、PBLおよびBMLに1~3 時間の1,000,000Bq/m3以下のラドン曝露を行った。吸収線量は、固体飛跡検出器(CR-39)を用いて放射線の飛跡の密度を調べ算出した。in vivoでは、ラットを対照群、10 Working Level Month(WLM)群、14 WLM群、30 WLM群、60 WLM群の5群に分け、ラドンを曝露した。ここで、1 WLM は3,700Bq/m3で1ヶ月(170 時間)ラドンに曝露されたと定義されている。従って、10WML群・14 WLM群では40,000Bq/m3以下でそれぞれ158時間または221時間、30WLM群・60WLM群では100,000B/m3以下でそれぞれ190時間または380時間、ラドン曝露されたことになる。

その結果、以下のことが明らかになった。
(1) in vitro実験
①ラドン曝露によって、バックグラウンドではほとんど見られなかったγ-H2AXフォーカスの直線的なトラックが出現した。それは、斑点状のγ-H2AXフォーカスの約10倍であった。
②出現した細胞あたりのγ-H2AXフォーカス数は累積被ばく線量が0-5.86 mGyの範囲では直線的に増加した。また、PBLとBMLで観察されたフォーカス数はほぼ同数であった。
③ラドン曝露によりPBLとBMLでリン酸化型ATM(p-ATM)とリン酸化型DNA- PKcs(p-DNA-PKcs)のフォーカスが形成された。形成されたp-ATMおよびp-DNA-PKcsのフォーカスは、γ-H2AXのトラックに沿うか、γ-H2AXに点在するか、単独で存在した。
(2) in vivo実験
①14~60WLMで被ばくしたラットのPBLとBMLでも、γ-H2AXとp-ATMとp-DNA-PKcsのフォーカス数は線量に依存して増加し、BMLはPBLよりも顕著であった。p-ATMおよびp-DNA-PKcsのγ-H2AXとの局在率の変化は、14~60WLMでin vitroと同様に増加した。
②in vitroの実験で得られた細胞当たりのγ-H2AXフォーカス数と線量との関係に当てはめ生物学的に線量を推定すると、PBLでは30WLMで約0.2mGy、60WLMで約0.5mGy、RBMでは14WLMで約1.0mGy、30WLMで約2.1mGy、60WLMで約3.9mGyであった。
③PBLとBMLは、60WLMを除き、γ-H2AX陽性細胞率や多染性赤血球の割合、多染性赤血球の小核の割合がラドン曝露によっては増加しなかった。

 本研究のin vitroで観察されたγ-H2AXフォーカスは、これまでに報告してきた241Amからのα線を照射したヒトPBLと同様に直線的なトラックであり、それは高LET放射線により誘導されたDNAの二重鎖切断の形成を意味している。それと同時に見られたATMやDNA-PKcsのリン酸化および活性化はDNAの二重鎖切断の修復を意味している。すなわち、本研究で2.07mGyの低線量でも連続的な直線的なトラックが見られ、曝露時間が延長されることで非連続の直線的なトラックも現れたことから、被曝時間経過とともに、新たなDNAの二重鎖切断の形成と古いDNAの二重鎖切断の修復が継続的に行われていることがわかる。in vivoでも60WLMで直線的なトラックが確認されていることから、高LET放射線により誘導されたDNAの二重鎖切断の特徴と言える直線的なトラックと、それに沿ったp-ATMやp-DNA-PKcsの寄与が、バイオマーカーとして利用できることが示唆できた。

 以上の所見より、α線核種であるラドンのような高LET放射線被曝によるγ-H2AXのフォーカスの特徴と、γ-H2AXのフォーカス数と吸収線量に相関性があることを明らかにし、ラドンが及ぼす生物学的な線量の推定の可能性が示された。また、in vivoでもin vitroでもγ-H2AXとp-ATMとp-DNA-PKcsの共局在率が20~25%であったことから、H2AX がリン酸化されるシグナル伝達にはATMやDNA-PKcsが直接関わらない経路が存在することにも言及できた。さらに、上記で得られた線形線量応答に基づき生物学的な線量を推定した結果、RBMの線量はPBLのそれの約8倍であることを明らかにし、ラドンやその子孫核種の蓄積が、血液中よりRBMの方が多いことを実証した。その上、60WLM(PBLでは約0.5mGy、RBMでは約4mGy)以下の曝露では細胞中のγ-H2AX フォーカス数は増加したが、アポトーシスの指標であるγ-H2AX 陽性細胞率などが増加しないことから、細胞はアポトーシスを起こすことなくDNA二重鎖切断を修復できると推察できた。

 本研究では、ラットのPBLおよびRBMにおいて、in vitroで得られた線形線量応答に基づいた生物学的な線量を推定し、さらに、PBLとRBMの線量比を明らかにした。本研究で推定されたRBMの線量は、類似研究である生理学的薬物動態モデルを用いた先行研究(Sakoda et al., J Nucl Sci Technol, 2010.)と比較すると,約5倍であった。その理由として、本実験が迫田らの実験よりも高線量率であったことが挙げられるが、その詳細については未だわかっていない。しかし、PBLとBMLのγ-H2AXのフォーカス数は生体がラドンから受ける影響を推定する指標として有効であることが強く示唆できた。放射性核種の不均一な分布により複雑化する生物学的線量と物理的線量の相関関係を定量・確立したことで、ラドン曝露によるリスク評価のみならず、放射線の防護や安全管理にも大きな意味を持つと言える。