日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

近接する細胞にptpn11活性型変異が生じると、正常型の造血幹細胞であっても白血病幹細胞へと誘導される

論文標題 Leukaemogenic effects of Ptpn11 activating mutations in the stem cell microenvironment
著者 Dong L, Yu W, Zheng H, Loh ML, Bunting ST, Pauly M, Huang G, Zhou M, Broxmeyer HE, Scadden DT, Qu C
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nature. 539: 304-308, 2016
キーワード 白血病 , 発がん , 微小環境 , 細胞間相互作用 , 造血

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【はじめに】
 『朱に交われば赤くなる』という諺は『人は交際する人や環境によって、良くも悪くもなるということ』を意味するが、細胞も周りの環境に影響を受ける。今回紹介する論文は、正常な造血幹細胞が周囲の微小環境を変異した間質細胞に囲まれて長期間影響を受け続けると白血病幹細胞になったという内容である。この論文が掲載されたNatureの同じ巻のNews & Views欄では”Bad neighbours cause bad blood”と題してこの論文をとりあげ、造血幹細胞の周辺環境の重要性について論じている。放射線誘発白血病に目を転じれば、放射線は造血幹細胞にも間質細胞にも遺伝子変異を生じ、長時間が経過してから白血病が発症する。DNA損傷は比較的短時間で修復されることが分かっているが、骨髄や脾臓内の微小環境の回復や変化については分かっていないことが多い。今回の論文の紹介によって、白血病幹細胞に変異する造血幹細胞を取り囲む細胞について考えるヒントになれば幸いである。

【Noonan症候群とPtpn11変異】
 Noonan症候群は、眼間乖離、翼状頚、外反肘などの外表奇形が特徴の先天奇形症候群の一つである。Noonan症候群は様々な遺伝子変異(RAS、CBL、B-RAF、SOS1、SHOC2など)を有するが、50%はPTPN11遺伝子の活性型変異を有しており、これらの患者は若年性骨髄単球性白血病(JMML:juvenile myelomonocytic leukemia)の発生率が高い。PTPN11遺伝子から産生されるSHP2タンパク質はRAS signaling pathwayを活性化させる効果を持つが、JMMLの発症にどのように関与しているかは不明であった。

【Ptpn11E76K mutation間質系幹/前駆細胞コンディショナルknock-inマウスの特性】
 筆者らはこれまでの研究においてCre-loxPシステムを利用した活性型Ptpn11遺伝子変異(Ptpn11E76K)のコンディショナルknock-inマウス(Ptpn11E76K/+Nestin-Cre+)を完成させており、今回の論文では主にこのマウスを用いて実験を行っている。同マウスのCre遺伝子のプロモーターはNestin遺伝子のそれと等しく、骨髄中では間質系幹/前駆細胞で発現し、Ptpn11活性型に変異させる。生後7〜12ヶ月間飼育を行うと、若年性骨髄単球性白血病と同じく骨髄増殖性腫瘍(MPN:Myeloproliferative neoplasms)を発症する。発症前の骨髄中の造血幹細胞は、野生型に比べて細胞数が少なく、60%近くがG1期で、Erk、Akt、NF-κBのリン酸化が亢進している。興味深いのが致死線量(11Gy)を照射したPtpn11E76K/+Nestin-Cre+マウスに野生型マウスの骨髄細胞を移植した実験で、12匹のレシピエントマウスのうち8匹が骨髄増殖性腫瘍を発症している。これは野生型マウスに骨髄増殖性腫瘍を発症したPtpn11E76K/+Nestin-Cre+マウスの骨髄細胞を移植した際よりも高い発症率であった。

【Ptpn11E76Kを発現させる細胞の違いによって生じる差異】
 先述の移植実験によって、Ptpn11E76K/+Nestin-Cre+マウスで生じる骨髄増殖性腫瘍は骨髄細胞を取り囲む環境にあることが示唆された。そこで筆者らはCre遺伝子のプロモーターを変更して、血球と間質細胞(Mx1-Cre+)、内皮細胞(Vav-Cre+、VE-Cadherin-Cre+)、間質細胞全体(Prx1-Cre+)、Leptin receptor陽性間質細胞(Lepr-Cre+)、骨芽前駆細胞(Osx1-Cre+)、骨芽細胞(Oc-Cre+)のそれぞれでPtpn11活性型になるマウスを解析した。Ptpn11活性型の間質細胞(全体)、Leptin receptor陽性間質細胞、骨芽前駆細胞を有するマウスの骨髄増殖性腫瘍の発生率は60〜93%と高く、これらのマウスの未発症個体の造血幹細胞ではRAS signaling pathwayの促進が認められた。

【造血幹細胞を活性化させるサイトカイン】
 Ptpn11活性型の間質細胞と骨芽前駆細胞が造血幹細胞を活性化させ、骨髄増殖性腫瘍につながることが判明したので、筆者らはサイトカインが重要な役割を果たしていると予測して解析を行った。Ptpn11E76K/+Nestin-Cre+マウスを始めとするPtpn11E76K knock-inマウスや野生型マウスの骨髄中のプラズマと間質系幹/前駆細胞の培養上清を網羅的にChemokine-cytokineアレイで解析したところ、骨髄増殖性腫瘍好発・造血幹細胞活性型のPtpn11E76K knock-inマウス特異的にCCL3タンパク質量が多いことが分かった。Noonan症候群の若年性骨髄単球性白血病患者の間質系幹/前駆細胞の培養上清でもCCL3タンパク質の増加は認められ、健常者の3.3〜43倍高濃度であった。CCL3タンパク質を分泌する間質系幹/前駆細胞の周辺には単球が集まり、集まった単球はInterleukin-1βによって間質系幹/前駆細胞に近接する造血幹細胞を休止期から脱させて、減少させていた。CCL3による上記の効果は、Ptpn11E76K/+Osx1-Cre+マウスとPtpn11E76K/+Mx1-Cre+マウスへの CCL3の拮抗薬(BX471とMaraviroc)の投与実験でも逆説的に証明された。

【おわりに】
 CCL3拮抗薬が周辺環境を正常化させる働きを報告する一方で、Ptpn11E76K/+Nestin-Cre+マウスの微小環境で一定期間を過ごした正常な造血幹細胞は再び健常なマウスに再度戻しても骨髄増殖性腫瘍が発症することが記されていた。悪い環境で身についた悪癖を元に戻すのは大変だが、細胞も常日頃身を置く環境を整えておくことが大事なようである。