日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

TERT 遺伝子プロモーター領域の変異:頭部白癬の放射線治療後に生じた甲状腺腫瘍の遺伝子に刻まれた爪痕の一つ

論文標題 TERT promoter mutations: a genetic signature of benign and malignant thyroid tumours occurring in the context of tinea capitis irradiation
著者 Boaventura P, Batista R, Pestana A, Reis M, Mendes A, Eloy C, Sobrinho-Simões M, Soares P
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Eur. J. Endocrinol. 176(1):49-55, 2017
キーワード 頭部白癬 , 放射線治療 , 甲状腺腫瘍 , TERT , 変異

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【まとめ】
本論文では、過去に放射線治療を受けた頭部白癬患者に発生した甲状腺腫瘍 (腺腫と癌腫) における TERT 遺伝子のプロモーター領域の変異を調べている。その結果、TERT プロモーター変異 (これまで報告されていなかった変異型も含む) が、放射線被ばくに関連する甲状腺腫瘍の遺伝子に刻まれた爪痕として存在しうることが示唆された。

【背景と目的】
白癬 (はくせん、tinea) は真菌の一種である白癬菌が皮膚に感染して起こる病気で、身近な例の一つとして、水虫 (足白癬) があげられる。また、フケや脱毛の症状が観察される頭部 (capitis) の白癬も知られている。1940 年代~1960 年代には、一部の国でこの頭部白癬に対する放射線治療が行われ、その結果、頭頸部悪性腫瘍、甲状腺腫瘍、白血病などのリスクの上昇が問題となってきた。
正常な体細胞が腫瘍細胞へと変化するためには、染色体末端にあるテロメア配列の維持が必要であると考えられている。そして、このときにテロメア配列を伸長する酵素テロメラーゼの活性化も重要であることが知られている。近年、甲状腺を含む多くのがんの中で、TERT (テロメラーゼの触媒サブユニット) 遺伝子のプロモーター領域の変異が報告されるようになってきた。また、TERT プロモーター変異によって新たな転写因子結合部位が生じ、TERT の発現が亢進することも明らかになっている。しかしながら、放射線関連甲状腺腫瘍において、この TERT プロモーター変異について調べた研究は限られていた。
こうした背景から、本研究では、過去に放射線治療を受けた頭部白癬患者に発生した甲状腺腺腫と癌腫における TERT プロモーター変異の頻度と分子的特徴を調べることを目的とした。

【対象と方法】
ポルトガルで小児期に頭部白癬患者として放射線治療を受けた 27 名の甲状腺の癌腫 (carcinoma) 患者から得た 34 症例と 28 名の甲状腺腺腫 (adenoma) 患者から得た 29 症例を対象とした。癌腫 34 症例のうち、32 症例は乳頭癌であった。そして、頭部への X 線照射線量は、患者の大半で 325~400 R (レントゲン) であった (本論文中で引用されていた文献によると、小児の頭部へ 7 Gy 照射した場合、脳では 1.5 Gy、そして、甲状腺では、0.045~0.5 Gyになるようである)。さらに、放射線を被ばくしていない 33 症例の腺腫をコントロールとして調べた。
これらの腫瘍組織から DNA を抽出したのち、これまで報告されてきた TERT 遺伝子プロモーター領域のホットスポットの一つ -124 G > A (ATG 開始コドンから 124 塩基上流の変異) を含む領域を PCR で増幅し、サンガー法で直接シーケンスした。また、患者から血液も採取し、同様の解析も行っている。変異の位置を示す「-124」について補足すると、ゲノム全体からみた位置情報 (1295228) を基にした「228」という表記になっている論文も多いので注意が必要である。

【主な結果と考察】
TERT プロモーターの「-124」における変異が、腺腫患者 28 名のうち 6 名 (21.4%) と癌腫患者 27 名のうち 4 名 (14.8%) で検出された。このうち、7 例の腫瘍は -124 G > A 変異であった。そして、3 例の腫瘍において、甲状腺ではこれまでにほとんど報告のない -124/-125 GG > AA のタンデム型変異が見つかった (腺腫 1 例と癌腫 2 例)。これらの変異は血液細胞では見つからなかったことから、多型ではないことが確認された。一方、放射線を被ばくしていないコントロールの腺腫では、TERT プロモーターの変異は観察されなかった。そして、癌腫における変異頻度は、文献で報告されている放射線を被ばくしていない癌腫における変異頻度と類似していた。変異の有無によって腫瘍を 2 群に分けて、被ばく時年齢、診断時年齢、潜伏期間なども比較してみたが、統計的に有意な差は観察されなかった。また、TERT プロモーター変異のもう一つのホットスポットとして知られている -146 G > A 変異は観察されなかった。
これらの結果から、TERT プロモーター領域における -124 G > A 変異と -124/-125 GG > AA のタンデム型変異が、放射線被ばくに関連する甲状腺腫瘍 (特に、腺腫) における遺伝子に刻まれた爪痕の一つである可能性が示唆された。これまでの他の報告として、チェルノブイリ原発事故に関連する甲状腺腫瘍における TERT プロモーター変異は見つかっていないことから、本論文の結果は、「外部被ばく」の影響を反映したものであるという考察もあった。そして、著者たちも最後に述べているが、その他の集団における解析結果との比較も必要である。こうした比較を通じて、甲状腺腫瘍における TERT プロモーター変異やその他の遺伝子の異常に関して、内部被ばくと外部被ばく、そして、被ばく線量による違いが明らかになっていくことが期待される。