日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

監視メカニズムが保証する接合子再編成中のDNA損傷修復

論文標題 A Surveillance Mechanism Ensures Repair of DNA Lesions during Zygotic Reprogramming
著者 Sabrina L, Kikuë TK.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell 167:1774-1787, 2016
キーワード 接合子再編成 , DNA損傷修復 , Chk1 , コヒーシン , 父方ゲノム

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【はじめに】
 放射線によって生じるDNA損傷を修復する機構は、生体の発生過程においても極めて重要である。本論文は、卵母細胞から接合子移行中に生じるエピジェネティックな再編成中に発生したDNA損傷が、接合子チェックポイントによって感知され、その修復と有糸分裂へ進入するタイミングを結びつけるということを提案しており、非常に興味深い内容であるため紹介したい。

 有性生殖では生物全体を産出する可能性のある全能性の接合子を生み出す。そのため、胚の発生は、卵母細胞から接合子移行中に全能性を得るために再編成を起こすことから始まる。つまり、最終分化卵(二次卵母細胞)と精子の融合は、1つの接合子細胞内でのクロマチン再モデル化およびエピジェネティックな再編成(DNA配列の変化を伴わない塩基やヒストンの修飾など)を含む複雑な変化を誘発する。その中で最も劇的な変化は、精子クロマチンが再構成された父方のゲノムで発生する。
 エピジェネティックな再編成の一つにDNAの脱メチル化がある。通常、精子DNAはシトシン(5mC)でメチル化されている。しかし、ほぼ全ての精子由来5mCは、最初の接合子細胞周期の間に、DNAの複製とは独立してTet3ヒドロキシラーゼによって脱メチル化される。この脱メチル化に伴い接合子中の父方のゲノム内ではDNA損傷が発生することが報告されている。1)

【コヒーシンのもつ接合子再編成中のDNA損傷修復と細胞周期進行への役割】
 受精の際には、父方・母方の両方のゲノムでメチル化シトシンが含まれている。マウスの接合子再編成中にはG1期において主に父方ゲノムで脱メチル化が発生する。まず筆者らは、この父方DNAの脱メチル化に塩基除去修復(BER)を伴うのかを調べるために、関連タンパク質であるXrcc1を欠損時の影響を調べた。その結果、父方のDNA損傷修復にはXrcc1を媒介するBERが必要であることがわかった。しかし、Xrcc1欠損接合子は正常型と同様の傾向で有糸分裂を開始し、G2期においてDNA損傷はすでに修復されていることがわかった。この結果から、残留しているXrcc1によるBER、または他の修復機構がBERと重複して働いていると示唆された。
また筆者らは、再編成中に生成された父方DNA損傷修復に対するコヒーシン(姉妹染色分体を結合し、分離を防ぐ機能をもつタンパク質複合体)の与える影響を調べた。今回は、その中でコヒーシンの姉妹染色分体の接着に必須なサブユニットであるScc1を欠損させ、正常型との比較を行った。その結果、Scc1欠損接合子では正常型に比べ、G1期における父方ゲノムでのリン酸化H2AX(DNA切断のマーカーとして使用)のfociの増加・肥大化、そしてXrcc1の発現の増加が見られた。これらの結果から、G1期における父方DNA損傷の効率的な修復にはコヒーシンが必要であることを明らかにした。
次に筆者らは、コヒーシンのScc1を欠損させた場合の、DNA損傷修復能力の低下が及ぼす細胞周期への影響を調べた。その結果、Scc1欠損接合子では正常型に比べ、細胞周期の進行が遅延され、有糸分裂に入るまでに時間がかかることが明らかとなった。さらに、Scc1欠損接合子にScc1、Scc1NHDm(Scc1のリング機能欠損)をそれぞれ導入して比較した結果、接合子が正しい細胞周期で有糸分裂へ進行するためにはコヒーシンのリング構造を形成する機能が求められることが明らかになった。

【接合子再編成中のDNA損傷発生のメカニズム】
 次に筆者らは、母方のゲノムでのScc1欠損の場合も有糸分裂の開始が遅延されるのかを調べた。その結果、母方のゲノムでは遅延は発生せず、父方のゲノムに関係する分子経路であった。この父方のゲノムに関係する分子経路とTet3によって引き起こされるDNA脱メチル化との関連性を調べるために、接合子内のTet3の活性を阻害剤によって阻害した。その結果、Tet3を阻害した場合、父方DNA損傷が減少し、有糸分裂の遅延も緩和された。しかし、完全には回復させられなかった。そこで、Scc1欠損接合子の父方DNA損傷が細胞周期進行に伴い蓄積するのかを調べた結果、Scc1欠損接合子では正常型と比べG1期からG2期への進行に伴い父方・母方の両方でDNA損傷が蓄積していた。また、Scc1欠損接合子にGeminin(DNA複製の阻害)を導入したところ、DNA損傷の蓄積が阻害されたことから、DNAの複製ストレスによって発生した損傷であることがわかった。そして、S期以降に蓄積したDNA損傷部位にはRad51の動員が確認できたことから、相同組換え修復(HR)経路で修復されることが明らかになった。さらに筆者らは、Scc1欠損接合子に姉妹染色分体を凝集させる機能をもつが、G1期における父方DNA損傷修復の機能には欠陥があるScc1 15KRを導入し、Tet3阻害剤を用いてTet3依存性の再編成の阻害を行った。その結果、G2期での父方DNAの損傷が防止・修復され、有糸分裂開始時間が完全に回復していることがわかった。つまり、コヒーシンの凝集機能が複製ストレスによる損傷の防止・HRの効率化を担うこと、そして、Tet3依存性のDNA損傷がチェックポイントによって捕捉され、有糸分裂の遅延が発生することを明らかにした。

【体外受精の培養条件におけるChk1依存性チェックポイントの影響】
これらの結果から筆者らは、Scc1欠損接合子の父方DNA損傷によって細胞周期チェックポイントが活性化され、細胞周期の進行停止を引き起こすと考えた。そこで、AtmとAtrという2つのDNA損傷応答分子のリン酸化酵素のDNA損傷チェックポイントへの関与を調べた。しかし、阻害剤によってAtmとAtrの阻害を行った場合も、有糸分裂開始は遅延され、これらの関与は明らかにできなかった。また、DNA-PKcsの関与も調べたが、単独での関連性は明らかにできなかった。そこで筆者らは、接合子の培養時にカフェインを用いて、Atm・Atr・DNA-PKcsを同時に阻害した。その結果、有糸分裂は正常型と同程度のタイミングで開始され、Atm・Atr・DNA-PKcsが重複して細胞周期チェックポイントを活性化させていることを明らかにした。さらに筆者らは、有糸分裂の遅延がChk1とChk2どちらの細胞周期チェックポイントを介しているのかを同定するため、それぞれの阻害を行った。その結果から、父方のDNA損傷はChk1依存性チェックポイントを活性化し、その修復と有糸分裂開始を結びつけることを明らかにした。
現在の慣例では、体外受精で移植する胚は分裂速度が速いことが望まれる。本論文の結果から、この分裂速度の速い胚の移植は、胚自体のコンディションをベストにするという手段だけでなく、Chk1依存性チェックポイント活性を低下させることで実現できる可能性が示唆された。また筆者らは、体外受精の際に受精効率を高めるために行うfetuin(ウシ胎仔血清中の主要な糖タンパク質)添加が、チェックポイント活性を何らかの形で減衰させ、有糸分裂の開始を加速させることを明らかにした。これらの結果から、体外受精の培養条件が接合子再編成中のチェックポイント活性を調節する重要な役割をもつという見解を示している。

【おわりに】
 本論文によって、接合子再編成によって発生するDNA損傷に応答し、その修復と有糸分裂の開始を結びつけるChk1依存性のチェックポイントの存在が明らかになった。この発見は、卵母細胞から接合子への移行中のDNA損傷修復メカニズムの解明、生殖補助、人工多能性幹細胞技術の分野において非常に重要である。今後も一連の研究の進展に期待したい。

【参考文献】
1) Dynamic link of DNA demethylation, DNA strand breaks and repair in mouse zygotes.
Wossidlo, M., Arand, J., Sebastiano, V., Lepikhov, K., Boiani, M., Reinhardt, R., Schöler, H., and Walter, J.
EMBO J. 29, 1877-1888. (2010)