日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

グリオーマを促進させるBCL6は治療標的となる

論文標題 BCL6 promotes glioma and serves as a therapeutic target
著者 Xua L, Chena Y, Dutra-Clarke M, Mayakonda A, Hazawa M, Savinoff SE, Doan N, Said JW, Yong WH, Watkins A, Yang H, Ding L, Jiang Y, Tyner JW, Ching J, Kovalik J, Madan V, Chan S, Müschen M, Breunig JJ, Lin D, Koeffler HP
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci U S A. 114(15):3981-3986, 2017
キーワード グリオーマ , ZBTBファミリー , シグナル伝達解析 , 放射線抵抗性 , 分子標的薬

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[はじめに]
 Zinc-finger and BTB(ZBTB)は細胞の運命決定や分化系列決定に関与しており、そのサブファミリーであるBCL6(ZBTB27)はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫のがん原遺伝子として知られている。BCL6の高発現は様々な固形腫瘍(乳腺がん、子宮がん、膠芽腫)で認められているが、一方でBCL6は髄芽腫を抑制する働きがあることも報告され、BCL6が役割を果たす分化・組織特異的ネットワークの解読が必要である。
 神経膠芽腫(GBM)は脳腫瘍の中で最も予後が悪く、診断治療も進んでいない。遺伝子解析により様々なシグナル経路の関与が報告され、特にRAS経路の活性化に注目が集まっている。BCL6がマウス胚線維芽細胞およびヒトB細胞にてRAS誘発性老化を抑制したことが報告されているが、GBMとBCL6の機能的関連性は不明のままである。そこで、XuらはBCL6のグリオーマの成長における生物学的役割とGBMにおける複雑なシグナル伝達との関連性を検討した。

[BCL6はGBMの成長促進因子である]
 ZBTB familyとGBMの関連性を探るため、各shRNAを用いた遺伝子抑制による細胞生存率を測定したところ、BCL6とZBTB20がGBMには必要不可欠であった。ZBTB20は正常脳においても少なからず発現していたが、BCL6はGBMの悪性度に従ってBCL6タンパクの発現量も増加していた。従って、BCL6はGBMを助長する遺伝子であり、悪性度を示すバイオマーカーであることが明らかになった。また、BCL6をノックダウンしたGBM株化細胞では、細胞生存率、BrdUの取り込み、コロニー形成能が著しく低下し、細胞老化、G0/G1アレストを起こすが、sub-G1やcaspase 3/7 の活性化は認められなかった。また、CRISPR/Cas9システムを利用してBCL6をノックアウトしたGBM細胞では、移植腫瘍の成長が著しく抑制されていた。加えてPiggyBacを利用したKrasG12V とBCL6をターゲットとしたshRNAの遺伝子導入マウス(KrasG12V/shBcl6)を作製したところ、KrasG12V/shBcl6では腫瘍の成長が抑制され、Ki67陽性腫瘍の減少および腫瘍のアポトーシスが増加した。これらのことから、Kras遺伝子変異により誘発したグリオーマの成長をBCL6は助長することが強く示唆された。

[BCL6とp53について]
 GBM株化細胞に対してcDNAマイクロアレイ解析およびパスウェイ解析を行ったところ、p53, ErbB, MAPK経路とBCL6との関連が明らかとなった。BCL6のノックダウンによりp53, CDKN1A, CDKN1Bの転写産物およびタンパク質が増加し、BCL6による細胞周期制御において、その下流にp53経路が関与していることが判明した。また、BCL6-p53経路と放射線効果について検討したところ、放射線反応性に上昇したp53の発現をBCL6が抑制した。BCL6のサイレンシングによりGBMの放射線感受性が増加し、p53をノックダウンすることで逆転した結果が得られることから、BCL6-p53経路はGBMの放射線抵抗性に重要な役割を担っていると考えられる。

[BCL6-AXLシグナル経路とGBMについて]
 p53の不活性化に加えて、GBMの要因として受容体型チロシンキナーゼの制御異常にも注目が集まっている。そこで筆者らは、BCL6と受容体チロシンキナーゼシグナリングとの関連性について検討したところ、受容体チロシンキナーゼの一つであるAXLがBCL6の制御を受けることが明らかとなった。その制御メカニズムとしては、BCL6はAXL locusの第4イントロンに結合するが、その活性化にはBCL6コファクターの関与が示唆された。BCL6のコリプレッサーであるNCoR, BCoRを欠損させた変異型BCL6を持つGBM細胞では野生型にくらべてAXLの発現が低下し、BCoRよりもNCoRの欠損がBCL6ノックダウンと同程度の効果を示したこと、さらに、NCoR, BCoRがBCL6とともにAXL第4イントロンと結合していることから、BCL6とNCoRの同調した増加がAXLの発現増加に相関していることも判明した。以上のことから、BCL6の下流においてAXLシグナルの関与が示唆された。 一方、AXLサイレンシングによりGBM細胞の生存率が低下し、G0/G1アレストおよび老化兆候が認められ、GBM移植腫瘍の成長抑制も確認された。加えて、GBM内でBCL6により活性化されるMEK-ERK, S6K-RSP6カスケードにおいてAXLは部分的に制御を行っていることが明らかとなった。

[GBM治療ターゲットとしての可能性]
 最後に、これまで述べられたGBMに対するBCL6の役割をもとに、治療ターゲットとしての可能性を検討した。BCL6とコファクターの結合を阻害するpeptidomimetic inhibitorであるRI-BPIの効果を調べたところ、RI-BPIはin vivo, in vitro両方でGBMの成長を阻害し、AXL, MET, p-MEK, p-ERK, p-S6K, p-RSP6の発現をBCL6ノックダウンと同程度に抑制した。また、BCL6が高発現しているGBM細胞株に対し、BCL6サイレンシングとEGFR阻害剤の併用によって治療効果が向上した。以上のことから、BCL6を標的としたGBM治療の可能性が示された。

[おわりに]
 筆者らの研究により、グリオーマの成長および発達にはBCL6の関与が欠かせないものであるということが判明し、BCL6とグリオーマの悪性度には相関があり、GBM患者の予後を知る上でBCL6の予後マーカーとしての重要性が示された。興味深いことに、BCL6の過剰発現は遺伝的制御よりも非遺伝子性メカニズムによるものと考えられ、GBM株化細胞より初代培養細胞においてBCL6の発現が強度であったことからも、GBMの形成する微小環境や外因性の何かがBCL6の発現に作用していることが示唆された。今回の研究では、GBMにおいてBCL6活性化からp53経路に至る新規制御機構を明らかにした。BCL6サイレンシングにより、6 Gyの放射線を照射するとp53の放射線応答を増加させることが判明したが、12 Gyではほとんど影響を与えなかった。従って、BCL6は線量依存的にp53シグナルを制御すると考えられるが、高線量照射では別の経路が誘起されBCL6欠損を補完するように働いていることが示唆される。筆者らの研究により、AXLはBCL6の転写ターゲットであることを明らかにしており、そのメカニズムはNCoR依存的であることが示唆された。AXLとMETがEGFRシグナルを増強し、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤への抵抗性を調節していることから、BCL6の抑制によるAXLおよびMETの制御によりチロシンキナーゼ阻害剤の治療効果への貢献が期待できる。そして、RI-BPIによるAXLおよびMETの下方制御がGBM細胞の生存率を効果的に抑制したという結果は、BCL6が新薬の分子標的候補になるだけではなく、既存治療との併用によりGBMに対する新たな治療方針の可能性を示唆した。