日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

電離放射線はミトコンドリア呼吸鎖複合体Ⅱ機能不全とスーパーオキシド生成により内皮細胞での長期の老化を誘導する

論文標題 Ionizing radiation induces long-term senescence in endothelial cells through mitochondrial respiratory complex II dysfunction and superoxide generation
著者 Lafargue Audrey, Degorre Charlotte, Corre Isabelle, Alves-Guerra Marie-Clotilde,
Gaugler Marie-Hélène, Vallette François, Pecqueur Claire, Paris François
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Free Radic Biol Med. 108: 750-759, 2017.
キーワード 老化 , ミトコンドリア , 呼吸鎖複合体Ⅱ , スーパーオキシド , p53

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【はじめに】
 放射線治療では、腫瘍周辺部の正常組織における副作用(細胞壊死、繊維化、萎縮、アテローム性動脈硬化症、心不全等)が問題となる。このため筆者らは、正常組織における放射線応答の分子機構を解明し、放射線治療による副作用抑制のための薬理学的アプローチを検討している。これまでに筆者らは、Sphingosine-1-Phosphate(S1P)が放射線誘導急性アポトーシスを抑制することを報告してきた(1)。
 放射線がアポトーシスを誘発する以外に、長期的に細胞機能障害が起こることで老人性疾患が誘発されることが知られている。このような老化現象が促進される際には、多量の細胞内活性酸素種(ROS)によってDNA損傷が生じ、DNA損傷シグナル(DDR)が持続的に活性化している。Ataxia Telangiectasia Mutated(ATM)・Ataxia Telangiectasia and Rad3 Related Protein(ATR)・DNA-dependent protein kinase catalytic subunit(DNA-PKcs)のリン酸化によって、ヒストン蛋白質のリン酸化(γH2AX)を始めとする一連のストレス反応シグナル経路が活性化され、細胞周期を制御するチェックポイントキナーゼ(Chk1、Chk2)の活性化とp53/p21経路あるいはp16経路による持続的な細胞周期停止によって老化細胞となる。老化細胞からはInterleukin(IL)-1、IL-6、IL-8、Tumor Necrosis Factor (TNF)-α等が分泌され、senescence-associated secretory phenotype(SASP)が誘導される。
 分裂増殖している血管内皮細胞では放射線によって細胞老化が誘導されることは知られている。本研究では正常組織の増殖頻度が低いことを考慮し、静止期のヒト肺微小血管内皮細胞(HMVEC-L)で放射線誘発細胞老化のシグナル伝達経路について検討している。

【S1Pは放射線誘導急性アポトーシスを抑制する】
 これまで筆者らが報告してきた通り、15 Gy照射24時間以内に誘導されるアポトーシスは、S1Pの前処置により40%の抑制効果があった。しかし、その後72時間で生じるアポトーシス頻度にS1P前処理による抑制はみられなかった。また、SAβ-gal(老化マーカー)陽性率、p16・p21の発現量、IL-8分泌量、γH2AXフォーカス数、ATM・DNA-PKcs・Chk2のリン酸化は放射線照射によって増加したが、S1Pの前処置による変化はなかった。以上より、S1Pが放射線誘導急性アポトーシスのみを抑制したことから、放射線によるアポトーシスと老化は別経路で起こると考えられた。

【放射線はミトコンドリア解毒酵素発現と同時にROSを生成して長期的にp53経路を活性化する】
 照射線量に依存してp53・Murine Double Minute 2(MDM2)・p21の各発現量は増加したが、S1Pの前処置では増加量に変化はなかった。照射後にATM阻害剤(KU55933)を処置するとp53・MDM2・p21の発現増加が抑制され、DDRと持続的なp53活性化が関連付けられた。ROSとの関連に関して、照射により増加したSA β-gal陽性率は、抗酸化剤(NAC)を長時間処理すると減少した。また、放射線はSuperoxide dismutase 2(SOD2)・glutathione peroxidase 1(GPx1)の発現を線量依存的に増加させる一方で、ミトコンドリア内のROSを上昇させた。以上より、放射線誘導急性アポトーシスのみを抑制するS1Pの処置ではp53や抗酸化物質の発現量に変化はなく、放射線照射が長期的なp53の活性化とミトコンドリア内ROSの生成を誘導していると考えられた。

【放射線による長期ミトコンドリア機能不全の誘導】
 照射後、細胞の酸素消費率は変化しないが、呼吸鎖複合体Ⅱ(CplxⅡ)の活性が減少していた。また、ミトコンドリアの老化や恒常性に関わるB-cell lymphoma-2 associated X protein(Bax)とB cell lymphoma-extra large (Bcl-xl)が線量依存的に増加し、B-cell lymphoma 2 (Bcl-2)が減少した。以上より、放射線照射は、ミトコンドリア機能不全を引き起こすことが分かった。

【放射線誘導による内皮細胞の老化はp53とミトコンドリアのO2-の別の経路が関与する】
 照射後に増加したSA β-gal陽性率やp21・p16の発現量は、p53阻害剤(PFT-α)またはミトコンドリアの酸化防止剤(MnTBAP)を処置すると減少した。また、両者の併用効果も見られた。しかし、照射により増加したγH2AXフォーカス数は、PFT-αやMnTBAPの処置をしても抑制されなかった。また、照射後に増加したp53はMnTBAPでは抑制されなかったが、PFT-α単独またはPFT-αとMnTBAPの併用で抑制された。他方、照射後にミトコンドリア内で減少したCplxⅡの酸素消費率と増加したROSの生成は、PFT-αでは改善せず、MnTBAPのみで改善された。以上より、放射線が誘導する細胞老化には、p53とCplxⅡのミトコンドリア機能不全によるROS生成の2つの経路が関連することがわかった。

【おわりに】
 筆者らはこれまでに放射線誘導急性アポトーシスについてS1Pの抑制効果を検討してきたが、本研究では正常な血管内皮細胞に近い静止期の内皮細胞で放射線誘発細胞老化の分子機構を検討した。その結果、放射線照射は急性アポトーシスを阻害しても、細胞老化が誘導されることが分かった。すなわち、放射線誘導の急性アポトーシスと老化は別の経路で起こっていると考えられた。Panganibanらも同様に、アポトーシスの抑制ではなく、p53・p21を抑制するInsulin-like growth factor 1 receptor(IGF-1R)の阻害が高線量放射線誘導の老化を抑制する可能性のあることを報告している(2)。本研究ではさらに、p53以外にミトコンドリアの酸化ストレスに関連した経路が放射線誘導による老化に関与することが強く示唆されており、これより、放射線障害におけるミトコンドリアの機能不全による慢性的な酸化ストレスに注目した新たな薬理的アプローチが期待できる。

参考文献
(1) S. Bonnaud, C. Niaudet, G. Pottier, M. Gaugler, J. Millour, J. Barbet, L. Sabatier and F. Paris, “Sphingosine-1-phosphate protects proliferating endothelial cells from ceramide-induced apoptosis but not from DNA damage–induced mitotic death. ” Cancer research, vol.67, no.4, pp.1803-1811, 2007.
(2) R.A.M. Panganiban and R.M. Day, “Inhibition of IGF-1R prevents ionizing radiation-induced primary endothelial cell senescence, ” PLoS One, vol.8, no.10, e78589, 2013.