137Csによる放射線被ばくと汚染レベルを評価するためのマウスモデルを用いたリンパ球の細胞遺伝学的解析
論文標題 | A mouse model of cytogenetic analysis to evaluate caesium137 radiation dose exposure and contamination level in lymphocytes |
---|---|
著者 | Roch-Lefevre S, Martin-Bodiot C, Gregoire E, Desbree A, Roy L, Barquinero JF. |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Radiat Environ Biophys 55(1):61-70, 2016 |
キーワード | マウス , 染色体異常 , 低線量(率)被ばく , 137Cs 汚染 |
放射線被ばくに対する生物学的線量評価法の一つに、体内を循環する末梢血リンパ球の染色体異常を解析する細胞遺伝学的線量評価がある。放射線によって誘発される染色体異常には、1本の染色体上に2つの動原体が見られる二動原体染色体(Dic)や染色体転座などが知られており、被ばく線量と高い正の相関を示す。そのため、これらの染色体異常を指標とした線量評価法は今日のゴールドスタンダードとなっている。
放射線事故などで検出された染色体異常の頻度は、ex-vivo照射で得られた線量効果曲線を用いて線量に換算される。しかしながら、体内に取り込んだ放射性核種によるγ線およびβ粒子の複合被ばくを考えると、外部被ばくのみと比較して線量の推定やデータの解釈を著しく困難にする可能性がある。今回紹介する論文では、細胞遺伝学的手法を用いてさまざまな放射線被ばくによるマウスおよびヒト末梢血リンパ球の染色体異常生成頻度を比較し、異なる被ばく様式による染色体異常への影響を検討した。
8週齢のC57BL/6雄マウスから得た末梢血リンパ球を、①急性被ばく群:137Cs(500 mGy/min)を用いて、0.1、0.2、0.5、および1 Gyを照射したもの;②慢性被ばく群:60Co(0.07~0.35 mGy/min)を用いて、0.1、0.5 Gy となるように24時間照射したもの;③137Cs汚染群:137CsCl(900 kBq/ml)により、リンパ球の受ける線量が24時間のインキュベートで0.1もしくは0.5 Gyになるように調節したものの3群に分け、マルチカラーFISH法によって、Dic、染色体転座、染色体断片、染色体切断点数を対象とした染色体解析を行った。
γ線を急性被ばくした後のマウスおよびヒトリンパ球において、コントロール(0 Gy)のDic頻度はマウスリンパ球1013細胞中に1つ、ヒトリンパ球で1040細胞に1つとほぼ同程度であった。しかしながら、マウスリンパ球に対するヒトリンパ球の染色体切断点の頻度の割合は、0.1、0.2および0.5 Gyを照射した場合2であった。このことは、0~0.5 Gyの範囲において各線量による染色体の損傷はマウスよりもヒトの方が2倍高いことを示している。加えて、マウスおよびヒトの両方で、Dic数と染色体切断点数の比は0.1~0.5 Gyの間で7付近(6~8の範囲にある)であった。3つ以上の染色体が関係するような複雑な染色体異常は、マウスにおいては1 Gyまで観察されなかったのに対して、ヒトにおいては0.1 Gyより出現していた。
次に、急性被ばく群、慢性被ばく群、137Cs汚染群におけるDic、転座、染色体切断点の出現頻度をマウスのリンパ球において比較した。放射線によって誘発された染色体異常頻度が最も高かったのは、0.5 Gyのγ線を急性被ばくさせた場合であった。低線量率のγ線で慢性被ばくさせた群ではDicは検出されず、染色体切断点の出現率は急性被ばくによって誘発されたものよりも5倍低かったことから、急性被ばくと比較して線量応答は著しく減弱したといえる。また、137Csによる24時間のin-vitroでの汚染後も、線量応答は急性被ばくと比較して明らかに低下した。Dicは検出されず、染色体切断点の頻度は、急性被ばくさせたものよりも2倍低かった。しかしながら、慢性被ばく群と比較した場合、線量率は両者ともに同程度であるにもかかわらず、染色体切断点の頻度はほぼ3倍高かった。このことから、ex-vivo照射では管壁によって遮蔽される137Csのβ線が染色体異常の誘発へ寄与している可能性を示唆している。
低線量および低線量率の放射線においては誘発される事象の頻度が低いことから、細胞遺伝学的線量評価によって定量するのは本質的に難しい。十分な統計的信頼性を達成するためには、多数の細胞を解析しなければならない。これに対する他の解決策として、本論文の研究は、解析すべき放射線によって誘発される事象を増やすこと、すなわち、マルチカラーFISH法を用いてすべての染色体切断点を解析することを提案しており、これにより、Dic法単独と比較して7倍の感度に増加させ、137Csの汚染が染色体異常頻度に及ぼす影響を検出し得る可能性を示した。
冒頭で記したとおり、染色体解析は長年にわたって線量評価の方法として用いられてきた信頼のある方法であるが、いまだ解明すべき点があるのもまた事実である。本論文の研究成果は、被ばくの形態が染色体異常の誘発に与える影響を考える上で有用な報告であると考えられる。