日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

放射線抵抗性癌細胞のNF-κB依存的な生存優位性とクローン増殖における細胞間および細胞内メカニズム

論文標題 Inter- and intra-cellular mechanism of NF-kB-dependent survival advantage and clanal expansion of radio-resistant cancer cells
著者 Yu H, Aravindan N, Xu J, Natarajan M
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell. Signal. 31, 105-111, 2017
キーワード NF-κB , フィードバックシグナル伝達 , 乳がん , 腫瘍再発 , Non-targeted effect

► 論文リンク

 乳癌の治療において、放射線療法はその成果に大きな進歩をもたらした一方で、原発腫瘍治療後の腫瘍再発および転移の増加を伴う。放射線治療後の治療部位において、生き残った癌細胞は、クローン選択や腫瘍の再増殖、転移の原因となるシグナル伝達分子による周辺細胞とのクロストークを誘発し得る。しかしながら、放射線誘発腫瘍再発の原因となる分子機構は十分に理解されていない。
 転写因子の活性化に関する放射線の影響は以前に報告されている。いくつかのグループが低線量放射線によるNF-κB活性化を報告しており、著者らの研究グループもエストロゲン受容体陽性ヒト乳癌細胞であるMCF-7細胞において単一の高線量電離放射線に曝露した後にNF-κBが活性化することを示した。また、炎症性サイトカインであるTNF-αは、多くの細胞種において放射線によって誘発されることが広く知られており、細胞種や株に応じてアポトーシスの促進あるいは減弱といった、相反する機能を発揮する。これまでの分析により、TNF-αのプロモーター/エンハンサー領域に1つ以上のNF-κB結合部位が存在することが明らかになっているので、TNF-αの合成と分泌およびNF-κBの活性化が正のフィードバックループを形成する可能性がある。しかし、乳癌細胞において放射線照射がこのフィードバックループを誘発し、このループ誘発が腫瘍の再発に関与しているかは不明である。本研究において著者らは、TNF-αおよびNF-κB間の相互作用について調べ、これらのシグナル伝達メディエーターがどのように治療部位における腫瘍再発に寄与しているかを報告している。
 NF-κBによる放射線誘発カスケードは、NF-κBが活性化し核移行することによって開始される。著者らはまず、Cs-137 γ線を2 Gy照射したMCF-7細胞からの核抽出物を用いてNF-κBのDNA結合活性をゲルシフトアッセイ (EMSA) で解析した。照射後15分および3時間で回収した細胞核の抽出物で、非照射コントロールに対して有意なNF-κB DNA結合活性の増加が観察された。次にDNAに結合したNF-κBの機能的な活性を調べるため、NF-κBコンセンサス配列を含むNF-κB-Lucプラスミドを細胞にトランスフェクションし、ルシフェラーゼ遺伝子のNF-κB依存的なトランス活性化を評価した。2 Gyを照射された細胞におけるルシフェラーゼ活性は、照射後24時間で非照射コントロールの約2.3倍と最大レベルに上昇し、少なくとも照射後48時間までは高いレベルを維持していた。これらの結果は2 Gy照射後におけるNF-κB DNA結合活性が機能的なものであり、NF-κB依存的な遺伝子の転写の活性化を刺激する可能性を示した。
 そこで著者らは、MCF-7細胞への放射線曝露がTNF-αの発現とその後の分泌を誘導するかを検討した。マウスL929線維芽細胞株は、以前よりTNF-αに対する感度が高いことが知られているため、放射線照射したMCF-7細胞の馴化培地がL929細胞に与える細胞毒性を指標に、TNF-αの生理活性を評価した。2Gy照射後の培養上清中の分泌TNF-αレベルは、非照射コントロールに対して約1.9倍にまで増加し、この量は24時間まで維持されていた。さらに、NF-κB活性化とTNF-α発現の間の因果関係を調べるために、放射線照射前のMCF-7細胞培地中にIκBの分解の抑制を通じてNF-κBを阻害剤するisoheleninを添加し、NF-κB依存的な転写促進を阻害したところ、2Gy照射後の分泌TNF-αレベルはおよそ半分にまで減少した。この結果は、放射線によって誘発されるTNF-α合成は、NF-κB活性化によって媒介されていることを実証するものであった。
 2Gy照射後15分、3、16、24、36、48時間でMCF-7細胞を回収し、NF-κB DNA結合活性の持続時間を調べたところ、放射線誘発NF-κBのDNA結合活性は照射後3時間でピークに達し、照射後16時間で基底レベルに低下した一方で、照射後24時間に再び上昇しはじめて照射後36時間で2回目のピークに至るという二相性パターンを示すことを見出した。TNF-αはNF-κB活性化の誘導因子としても知られていることから、放射線照射後8、12、16時間の時点で細胞をTNF-αの中和抗体で処理したところ、照射後24時間に見られたNF-κBの二相目の活性化が顕著に阻害された。このことから、放射線照射により分泌されたTNF-αがNF-κB活性の第二相刺激に関与することが示された。
 この事実をもとに、細胞外に分泌されたTNF-αがバイスタンダー細胞におけるNF-κBの活性化を調節するかどうかを調べるために、照射後のMCF-7細胞から得た馴化培地を非照射のバイスタンダーMCF-7細胞に移したところ、15分という短時間でバイスタンダー細胞におけるNF-κBのDNA結合活性がコントロールに対し約7倍にまで増加した。この活性化は、培地を移した24時間後においても最大約3倍の上昇を持続していた。NF-κB-Lucプラスミドを用いてルシフェラーゼ活性を調べると、2Gy照射細胞から培地を移したバイスタンダー細胞のNF-κBの機能活性が1.3-1.7倍に増加する一方で、あらかじめ馴化培地にTNF-αの中和抗体を添加しておくとバイスタンダー細胞におけるルシフェラーゼ活性の増加は消失することも分かった。
 以上の実験結果から、著者らは、NF-κBおよびTNF-αが互いに協調的に調節し合い、乳癌細胞において正のフィードバック機構に寄与していることを実証したと主張している。放射線による照射細胞のNF-κB活性化は、NF-κB依存的なTNF-αの発現とそれに引き続くTNF-α媒介性のNF-κB活性化を引き起こし、放射線照射による初期刺激の“記憶”を長期間維持できると考えられる。また、TNF-αの細胞外分泌は、隣接する非照射細胞におけるNF-κB活性化を誘導し、パラクリン経路を介して同様のフィードバックサイクルを引き起こす。このメカニズムの理解は、乳癌の放射線治療においてNF-κBあるいはTNF-αを標的とする新たな治療アプローチの開発に役立つ可能性がある。