ミスマッチ修復タンパク質は炎症誘発腫瘍形成中にエピジェネティックな変化を開始する
論文標題 | Mismatch Repair Proteins Initiate Epigenetic Alterations during Inflammation-Driven Tumorigenesis |
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著者 | Maiuri AR, Peng M, Sriramkumar S, Kamplain CM, DeStefano Shields CE, SearsCL, O'Hagan HM |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Res., 77: 3467: 2017 |
キーワード | mismatch repair , MSH2 , hypermthylation , inflammation , epigenetic |
【はじめに】
すべてのがんの約25%は慢性炎症に関連している。大腸がんは世界各国で罹患率と死亡率の大部分を占めるがんであり、そのリスク要因として家族歴、年齢、炎症性腸疾患、細菌感染、肥満、過度のアルコール摂取および喫煙などが特定されている。これらの要因の多くは慢性的な炎症を誘発するという特徴がある。また炎症反応に加えて、遺伝子変異やエピジェネティックな変化も大腸がんの発症において重要な役割を果たしている。特にDNAメチル化はがんにおけるエピジェネティックな変化の中で最も広く研究されており、がん細胞ではDNAメチル化が広範囲にわたって失われることでゲノム不安定性を導くと考えられている。一方、全ゲノムの低メチル化と同時に腫瘍抑制遺伝子プロモーターのCpGアイランド内では、しばしばハイパーメチル化が生じている。がん特異的なDNAメチル化の変化が重要であることは明らかであるが、どのようにそれらが開始されるかは明らかではない。そこで、本論文では炎症誘発性腫瘍形成のマウスモデルを用いてがんに関連したエピジェネティックな変化を開始させる原因となる新しいメカニズムを検討した。
【結果】
〇炎症誘発性腫瘍は特有のDNAハイパーメチル化シグネチャーを持つ
変異型 Apc遺伝子をヘテロ接合性に有する多発性腸腫瘍(Min)マウスに腸内毒素性のB. fragilisの株であるETBFを感染させると、遠位結腸の炎症部位に迅速に腫瘍が形成されることが知られているが、ETBF非感染Minマウスも大腸がんを自然発症する。以前の研究で、炎症誘発性腫瘍は非炎症組織と比較して特有のDNAメチル化の変化を持つことが示されたことから、著者らはETBF感染したMinマウスでの炎症性腫瘍とETBF非処理Minマウス(mock)での非炎症性腫瘍のDNAメチル化の違いを検討した。その結果、ETBF腫瘍においてメチル化が上昇した領域はmock上皮では低DNAメチル化レベルを示した。一方、ETBFあるいはmock腫瘍においてメチル化が低下した領域はmock上皮では比較的高いDNAメチル化レベルを示した。これはヒトの腫瘍で得られた結果と一致していた。慢性炎症が上皮においてDNAメチル化の変化を誘発することが知られているため、ETBFに感染したマウスの遠位結腸上皮(ETBF上皮)におけるメチル化の変化を解析した。その結果、ETBF上皮においてハイパーメチル化された領域はETBF腫瘍よりも少なかったが、mock上皮およびmock腫瘍より多かった。興味深いことに、ETBF腫瘍において見られたメチル化のいくつかは、Hoxa5, Polgなどの腫瘍抑制機能を持つことが知られている遺伝子のCpGアイランド内に生じていた。これらの結果は、ETBF腫瘍がETBF上皮やmock腫瘍とは異なる炎症性腫瘍特有のDNAハイパーメチル化を有していることを示している。
〇炎症誘発性腫瘍でハイパーメチル化された遺伝子においてクロマチン変化および転写の変化が早期に生じる
著者らは、ETBFによって誘発されたDNA酸化損傷が遠位結腸においてエピジェネティックな変化を生じ、最終的に炎症誘発性腫瘍において観察されたDNAハイパーメチル化を引き起こすという仮説を立てた。遠位結腸上皮では、ETBF感染の2日後にDNA酸化損傷のマーカーである8-oxoguanineが増加し、7日後にはバックグラウンドと同レベルにまで減少した。上皮マーカーであるEPCAM陽性の細胞においてこのことが観察されたことからDNA酸化損傷が上皮細胞で生じていることを確認した。さらに、遠位結腸上皮からオルガノイドを作成し、過酸化水素処理により炎症および酸化損傷をin vitroで模擬して、遺伝子発現を解析したところ、in vivoの結果と同様にHoxa5, Polgなどの遺伝子は酸化ストレス応答に応じて遺伝子発現が減少した。EZH2は酸化DNA損傷部位での転写抑制に関与するとされているため、このタンパク質のクロマチン上の局在を解析したところ、ETBF感染2日後にはETBF上皮においていくつかの遺伝子上にEZH2が多く局在していた。これらの結果は、ETBFがいくつかの遺伝子において早期のエピジェネティックな変化および転写の変化を引き起こしており、これはETBFによって誘発される酸化DNA損傷と関連していることを示している。
〇MSH2はEZH2と作用し、早期ETBF誘発エピジェネティックな変化の開始に重要な役割を果たす
MSH2-MSH6ヘテロダイマーはクラスター型DNA酸化損傷の修復を促進するとともに、損傷クロマチンをエピジェネティックにサイレンシングするためのタンパク質をリクルートするために必須であることから、著者らはMSH2 および MSH6がETBFに対する応答の早期に生じるエピジェネティックな変化に寄与するという仮説を立てた。そこで著者らは、MMR経路がETBF媒介性のエピジェネティックな変化に関与しているかを検討するために、腸上皮細胞でのみMsh2発現を欠失した遺伝子改変マウスを用いて腸上皮におけるエピジェネティクス関連因子のクロマチン親和性を調べた。その結果、ETBF感染野生型マウスの遠位結腸上皮において、エピジェネティックなサイレンシングタンパク質(EZH2, DNMT1, SIRT1)およびMMRタンパク質(MSH2, MSH6, PCNA)はmockマウスよりクロマチンに高い親和性を持ち、この親和性の増強は炎症が起こる遠位結腸において生じた。また、ETBF感染野生型マウスで認められたETBF誘導性のEZH2,DNMT1,SIRT1のクロマチンへの親和性増加はMsh2の欠失により減少したことからも、ETBF誘発性損傷に対するエピジェネティックなタンパク質の応答におけるMMR経路の重要性が示された。
〇Msh2の欠失はCpGアイランドのハイパーメチル化を減少し、腫瘍抑制遺伝子の発現を回復する
次に、MSH2は腫瘍形成期においてETBF誘発性腫瘍特異的なDNAハイパーメチル化に必要かどうかを明らかにするために、MBD-seqを用いてETBF腫瘍におけるメチル化に対するMsh2欠損の影響について調べた。その結果、Msh2の欠失はETBF媒介性のハイパーメチル化を大きく低下させた。Hoxa5, PolgでのDNAメチル化を見るとMsh2正常Minマウスの ETBF腫瘍と比較してMsh2欠損Minマウス のETBF腫瘍においてプロモーターCpGアイランドハイパーメチル化の減少を示した。さらに、ETBF腫瘍においていくつかの候補遺伝子のmRNA発現に対するMsh2の欠失の影響を調べた結果、Msh2の欠失はCdx1, Fut4, Hoxa5, Polg, Runx1, Runx3などの遺伝子発現を部分的に回復した。広範囲なCpG DNAメチル化に対しては、これまでの報告通りMsh2正常MinマウスのETBF腫瘍ではCpGメチルが全体的に減少していた一方で、興味深いことに、Msh2の欠失により、全体のCpGメチル化はmock上皮のレベルまで回復した。これらの結果は、MSH2が、炎症の初期段階におけるエピジェネティック制御タンパク質のクロマチンへのリクルート、およびETBF誘導性炎症部位および酸化的DNA損傷部位に形成される腫瘍におけるいくつかの腫瘍抑制遺伝子の永続的サイレンシングの両方に不可欠な役割を担っているという考えを強く支持する。
【おわりに】
DNA酸化損傷は、炎症およびエピジェネティックな変化の両方に関連していることが知られている。著者らは、炎症においてクロマチンへの持続的および/あるいは反復的な酸化損傷はエピジェネティックなサイレンシングを生じるという仮説を立て、ヒト大腸がんと似た病状を示すマウスモデルを用いて実験を行った。ETBF感染によってDNA酸化損傷が生じると、炎症部に形成される腫瘍においてメチル化される遺伝子のプロモーターに結合するEZH2が増加した。また、腸上皮細胞でのMsh2欠損によってエピジェネティック関連タンパク質がETBF媒介性にクロマチンにリクルートされることが阻害され、遺伝子の発現が回復させることを示した。著者らの発見は、MSH2が初期ETBF媒介性エピジェネティック変化を引き起こすとともに、ETBF誘発性腫瘍において生じるDNAメチル化変化を維持する役割を果たす事を示唆している。DNAメチル化変化の開始機構を理解することは、炎症誘発性のエピジェネティックな変化を治療標的とし、慢性炎症性疾患のがんリスクを低下させる可能性がある。