日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

小児がんの放射線治療後に生じた髄膜腫における NF2 遺伝子の構造異常

論文標題 Therapeutic radiation for childhood cancer drives structural aberrations of NF2 in meningiomas
著者 Agnihotri S, Suppiah S, Tonge PD, Jalali S, Danesh A, Bruce JP, Mamatjan Y, Klironomos G, Gonen L, Au K, Mansouri S, Karimi S, Sahm F, von Deimling A, Taylor MD, Laperriere NJ, Pugh TJ, Aldape KD, Zadeh G
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat. Commun. 8:186, 2017
キーワード 小児がん , 放射線治療 , 髄膜腫 , NF2 , 遺伝子再配列

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【まとめ】
 本論文では、小児がんに対する放射線治療後に発生した髄膜腫の分子的異常が、次世代シーケンサーの技術を使って網羅的に調べられている。その結果、放射線被ばくと NF2 遺伝子の再配列 (ただし、ほとんどの再配列は NF2 遺伝子の働きを消失させるタイプであった) が関連することが示唆された。

【背景と目的】
 放射線治療は、脳腫瘍や白血病などを含む小児がんに効果がある一方で、二次がんの原因とも成り得る。髄膜腫は、脳を包んでいる髄膜から発生する脳腫瘍の一つであり (その 90% 以上は良性)、放射線被ばくによって誘発されやすいことも知られている。NF2 遺伝子は、神経線維腫症 2 型 (neurofibromatosis type 2) の責任遺伝子として発見され (22 番染色体長腕 22q12 領域に存在)、この遺伝子が作り出す蛋白質 merlin は腫瘍抑制因子として働くと考えられている。そして、髄膜腫においても NF2 遺伝子の変異が観察されてきた。
 こうした中、放射線誘発の髄膜腫における NF2 遺伝子の変異頻度は、放射線が関係しない散発性の髄膜腫の変異頻度よりも低いことが知られており、散発性の髄膜腫のものとは異なる放射線誘発に特徴的な分子的異常が存在する可能性が考えられた。そこで、本論文の著者たちは、小児がんに対する放射線治療後に発生した髄膜腫と散発性の髄膜腫における遺伝子変異やエピジェネティックな異常を網羅的に調べて比較した。

【対象と方法】
 小児期にがんの放射線治療を受けた髄膜腫患者由来の 18 症例を含む、種々の疾患に対する頭部放射線治療から 2 年後以降に診断された髄膜腫計 31 症例が、放射線によって誘発された髄膜腫として解析に用いられた。また、放射線が関係しない散発性の髄膜腫 30 症例も対照として解析された。次世代シーケンサーの技術を用いた解析として、全エクソームシーケンス、RNA シーケンス、そして、ターゲットシーケンスが行われた。そして、DNA メチル化の網羅的解析は、DNA メチル化ビーズアレイ技術を用いて行われた。また、これらの各手法で解析した症例数は次のように異なる:全エクソームシーケンスと RNA シーケンスは上記 18 症例、ターゲットシーケンスは上記 18 症例を含む放射線誘発髄膜腫 31 症例と散発性の髄膜腫 30 症例。

【主な結果】
1) 放射線誘発髄膜腫におけるコピー数変化等の染色体レベルの異常は、過去に散発性の髄膜腫で観察されたものに比べて、より複雑であった。その中で、放射線誘発髄膜腫では、特に染色体 1p 領域と 22q 領域 (NF2 遺伝子が存在) が共に欠失していた (18 症例中、16 症例)。
2) 散発性の髄膜腫でこれまで観察されてきた AKT1, KLF4, TRAF7, SMO 遺伝子変異は、放射線誘発髄膜腫では観察されなかった。
3) NF2 遺伝子の変異頻度に関しては、放射線誘発髄膜腫 (6%) の方が散発性の髄膜腫 (23%) よりも低かった。
4) 散発性の髄膜腫ではこれまでほとんど観察されていなかった NF2 遺伝子再配列 (遺伝子再構成とも言う) が、放射線誘発髄膜腫 31 症例中の 12 症例で観察された。このうち 11 症例では、別の様々な遺伝子との再配列によって NF2 遺伝子が分断され、染色体 22q 領域の欠失と合わせて、NF2 遺伝子の働きが消失していることが予想された。しかし、1症例だけ、NF2-DDX49 というフレームの合う融合遺伝子が形成されており、この融合遺伝子はがん遺伝子のように機能している可能性が考えられた。
5) DNA メチル化のパターンの解析から、放射線誘発髄膜腫と散発性髄膜腫は、髄膜腫の発生母地となる細胞の種類が同じものであることが示唆された。

【考察】
 本論文によって、放射線誘発髄膜腫は散発性の髄膜腫とは異なる遺伝子異常の特徴を持つことが示された。この結果は、放射線誘発髄膜腫発生の分子機序の解明や治療法の開発にとって非常に重要である。一方、本論文の中では、放射線の線量情報がなかったので、線量情報を用いた解析などは今後の課題であると思われる。
 散発性の髄膜腫の発生リスクは、男性よりも女性の方が高いことが知られているが、放射線誘発髄膜腫の NF2 遺伝子再配列は男性で多く観察された (12 症例中、10 症例が男性由来)。本論文の考察でも述べられているが、放射線影響研究所の原爆被爆者寿命調査 (LSS) 集団において、放射線被ばくによる男性の髄膜腫のリスクの増加 (女性よりも高い) も示唆されているので (参考文献)、この原爆放射線被ばくによる髄膜腫発生の分子機序や放射線影響の性差を考える上でも本論文の結果は興味深い。

【参考文献】
Preston DL, Ron E, Yonehara S, Kobuke T, Fujii H, Kishikawa M, Tokunaga M, Tokuoka S, Mabuchi K. Tumors of the nervous system and pituitary gland associated with atomic bomb radiation exposure. J. Natl. Cancer Inst. 94:1555-63, 2002