日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

PAFはグリオーマ幹細胞の幹細胞性と放射線抵抗性を促進する

論文標題 PAF promotes stemness and radioresistance of glioma stem cells
著者 Ong DST, Hu B, Ho YW, Sauvé CG, Bristow CA, Wang Q, Multani AS, Chen P, Nezi L, Jiang S, Gorman CE, Monasterio MM, Koul D, Marchesini M, Colla S, Jin EJ, Sulman EP, Spring DJ, Yung WA, Verhaak RGW, Chin L, Wang YA, DePinho RA.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci U S A. 114(43): E9086-9095, 2017
キーワード DNA translesion synthesis , glioma stem cells , self-renewal

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 グリオーマ幹細胞(GSCs)は、腫瘍形成能と放射線抵抗性を有しているため、その分子メカニズムを調べた上で治療標的とすることが望まれる。グリオーマは、高い増殖能とDNA損傷シグナルの変異により特徴づけられる。正常細胞では、DNA損傷応答(DDR)によって様々なDNAダメージに対応した修復経路が機能することで、ゲノムの整合性を維持している。DNA損傷が修復できない場合にはアポトーシスなどの細胞死が起こる。一方、グリオーマ細胞では、DNAの突然変異に由来するDDRの異常(例えばATR/CHK1, ATM/CHK2やPARP1経路の常時活性化が知られている)があり、これらが放射線によるDNA二重鎖切断(DSB)応答反応を亢進していることが報告されている。また、電離放射線は複製フォークの停止を誘導することから、GSCsでは未修復のDNA領域を複製する時にバイパス(損傷乗り越え修復; DNA translesion synthesis; TLS)することでDSBによる複製フォークの停止を最小限に留めている可能性が示唆されるものの、直接的な証明はなされていない。本研究では、TLSがGSCsの自己複製、腫瘍形成能、放射線抵抗性に関与するかを評価した。
 はじめに著者らは、GSCsの自己複製や放射性抵抗性に関連するDDR因子を絞り込むため、The Cancer Genome Atlas(TCGA)のデータベースにある正常の脳組織とグリオブラストーマ(GBM)のDDR遺伝子の発現を比較し、GBMで亢進しているものを選び出した。その後、内在性の損傷によるDDRの影響を省くために短いテロメアを持つ(正常)神経幹前駆細胞 (NSPCs)で高発現しているDDR因子を除去した。これにより、最終的に4つ(PAF、BLM、RPA2、USP1)の遺伝子を単離した。これら全ての遺伝子がTLSと関連しているなかで、NSPCsで高発現しているPAFに本研究では着目している。PAFは、TLSにおいてPCNAのDNA上での滑走とerror-prone DNA synthesisを容易にすることがわかっている。
 つぎに、PAFとGSCsの関係を免疫組織染色により解析したところ、PAFは既存のGSCsマーカーのCD133、SOX2、OLIG2と特異的に共発現し、GFAPやTUJ1といった分化マーカーを発現する“成熟した”グリオーマ細胞では発現していなかった。また、マウスの正常な脳組織では、subventricular zone(SVZ)に存在する増殖期(Ki67陽性)のNSPCs (Nestin,SOX2共陽性細胞)でのみPAFの発現が観察された。さらに、リアルタイムPCRにより、PAFの遺伝子発現量を調べたところ、PAFはCD133陽性の放射線抵抗性GSCsで多く発現しており、GSCsにおいて恐らく重要な役割があることが示唆された。また、RNAiでPAFをノックダウンしたところ、スフィアの形成が悪くなり、脳への生着も悪くなったことから、PAFが自己複製と腫瘍形成に関与していることが示唆された。さらに複数の実験により、PAFがPCNAと相互作用して、GSCsのDNA複製開始時期やピリミジン合成を調整することで、細胞周期に影響することが確認された。
 さらに、PAFをノックダウンするとGSCsは放射線に対して感受性を示した。同時に、薬剤による効果を検討したが、PAF阻害剤がなかったため、PCNAを標的とするT2AAとML323を使用した。これら薬剤はいずれも、in vitroで放射線増感作用とstemness抑制作用を示した。これらの結果から、TLSで機能するPAFやPCNAは潜在的なグリオーマの新規分子治療標的として有用であることが示された。しかし、薬剤の効果をin vivoで示されていない点は気になる。また、仮にPAFを標的とした場合、NSPCsにおいても重要な役割を示す分子であるため、副作用が大きくなることが懸念される。いずれにしろ本論文は、これまでに知られていたGSCsの放射線抵抗性メカニズム(抗アポトーシス、低酸素、抗酸化、休止期、高DNA損傷修復能)に加えて、TLSが存在することを示した有意義な論文である。また、本論文はその科学的興味だけでなく、データベースを用いた分子標的探査や複数の研究者(共著者23名)による徹底的な実験など、現代のトレンドにかなう内容となっている。