日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA損傷応答が成体の休止期神経幹細胞の活性化を促進する

論文標題 A coordinated DNA damage response promotes adult quiescent neural stem cell activation
著者 Barazzuol L, Ju L, Jeggo PA.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
PLoS Biol. 15(5): e2001264, 2017
キーワード DNA損傷応答(DDR) , 神経幹細胞(NSC) , 休眠神経幹細胞(qNSC) , 神経前駆細胞(Ps) , 脳室下帯(SVZ)

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【はじめに】
 幹細胞のDNA損傷応答 (DNA damage response: DDR) は、分化した細胞のDDRとは異なることが知られているが、幹細胞自体の種類によっても大きな違いがある。血液幹細胞の実験系は幹細胞のモデルとして最もよく研究されているシステムの一つであり、細胞表面の抗原マーカーによりFACSを用いて幹細胞、前駆細胞、分化細胞などの細胞種を厳密に分類することができる。そのため血液幹細胞におけるDDRはよく研究されている。興味深いことに休止期の血液幹細胞ではDNA損傷を最小限に抑えるための防衛システムが存在し、放射線照射後の血液幹細胞はアポトーシスに抵抗性であることが知られている。さらにクリプト幹細胞や毛包の幹細胞もアポトーシスに対して抵抗性であることが報告されている。
 本論文では、マウスの神経幹細胞 (Neural stem cells: NSCs)に焦点を当て、脳室下帯 (Subventricular zone: SVZ) 内サブドメインに着目することにより、NSCsの電離放射線 (Ionizing radiation: IR) に対するDDRについて考察している。
 筆者らはまず成体前脳の最大の胚域であるSVZのNSCsに着目し、研究を進めている。この領域のNSCsは成体の脳でもわずかに神経新生をもたらすことが知られている。一般に成体NSCs〔GFAP陽性細胞〕の多くは休止しているが、およそ10%は増殖活性を持つことが知られている。増殖の際、これらのNSCsは神経前駆細胞(TA細胞:Transit amplifying progenitors: TAPs)〔Mash1陽性細胞〕と神経芽細胞(Neural blasts: NBs)〔Dcx陽性細胞〕)へと分化し、NBsは嗅球に移動して、最終的に成熟したニューロンの集団に分化する。一方で成体のSVZは背腹軸に沿って背側・内側・腹側・背外側に分けられる。
 筆者らは、これまでの研究では考慮されなかったSVZの異なるサブドメインの局所的区分に注目し、生体内でのSVZのIRに対する応答を調べるために、IR照射直後に成体脳及び新生仔脳を凍結し、その切片を綿密に定量することにより比較解析を行った。

【放射線照射に対して休止神経幹細胞はアポトーシス抵抗性であるが神経前駆細胞はアポトーシスが亢進する】
 まず筆者らは、SVZの4つのサブドメインでGFAP (NSCマーカー)、Mash1 (TAPマーカー)、Dcx (NBマーカー)、DAPI (細胞核)、Ki67(増殖マーカー)の分布を評価した。その結果、NSC, qNSCが放射線照射後のアポトーシスに対して抵抗性であり、神経前駆細胞ではアポトーシスが亢進することを見出した。また、ブロモデオキシウリジンBrdU陽性で細胞を予め標識することにより、アポトーシスに対する感受性は増殖の状況に関係無く、神経前駆細胞の細胞型(Mash陽性かDcx陽性か)を反映していた。
 
【増殖停止と前駆細胞マーカー喪失は、さらなる別のIR誘発応答を表す】
 IR照射後長時間経過後の腹側と背外側におけるDcx陽性、Ki67陽性細胞とTUNEL陽性細胞を解析した結果、2Gy X線照射6時間後にアポトーシスがピークに達し、48時間後にはアポトーシスは検出されなかった。一方でKi67陽性細胞は、6時間後と48時間後に激減した。これらにより、アポトーシスによる細胞喪失に起因せずにIR後にKi67陽性細胞が失われることが示唆され、この領域の細胞が全てアポトーシスを受けるのではなく、異なる応答として、増殖を停止し、それらを特徴付けるマーカーが失われると考えられた。
 以上の結果から2Gy IRに対する2つの新規な応答、すなわち、Ki67とBrdU/EdUの取り込みによって測定された急速な(照射後6時間までの)増殖停止 及び 前駆マーカーDcxを有する細胞の(照射後48時間までの)喪失が考えられた。

【IR誘発DNA損傷は、神経芽細胞の分化を促進し、前駆細胞は休止神経幹細胞の活性化により補充される】
 ミクログリアはIR照射後SVZへ移動する可能性が最も大きい細胞であるため、Iba1(ミクログリアマーカー)でIR照射後のSVZにおけるミクログリアの数を調べたところ、有意な増加は観察されなかった。
次に、 Dcxマーカーの喪失がSVZ内のより成熟したニューロンへのNBsの分化を表すか否かを、初期と後期のニューロン分化マーカー発現で調べたが、この結果も有意なものではなかった。ところが、BrdU陽性細胞が腹側と背外側でMAP2を発現していた。これはDcxマーカーの喪失がDcx陽性細胞から成熟ニューロンMAP2陽性細胞への分化に起因し得ることを示唆している。
また、GFAP陽性Ki67陽性 (すなわち活性化された幹細胞)が7日目にコントロールの4倍以上となり、14日目までに元のレベルに戻ったことは、IR2Gy照射がqNSCの活性化を引き起こすことを示唆している。

【IR誘発アポトーシス、増殖停止 及び 分化は、ATM依存性である】
 成体のSVZにおけるDDRのATM依存性を評価するために、Atm-/-マウスにおける①アポトーシス、②増殖停止、③Dcxマーカー喪失の3つのDDR応答を調べたところ、2Gy IRに対して、6時間後にアポトーシスも増殖停止も観測できず、Dcx陽性細胞のわずかな減少がWTと同程度に見られたのみであった。これらのDDR応答がATM依存性であることを示している。

【新生仔SVZにおいては、2GyIR後に、増殖が効果的に阻止されない】
 成体マウスでは、2GyIR照射の6時間後にKi67+細胞の著しい減少が観察された。
しかし、P5(生後5日目)マウスでは、減少の度合いがはるかに小さかった。新生仔においてアポトーシスを活性化する前駆細胞の能力は成体と類似してはいるが、効率的に増殖を止めることができず、増殖する前駆細胞の回復は速く起こる。新生仔マウスにおいて、前駆細胞はqNSC活性化によってというより、むしろ非効率的に止められた照射前駆細胞から再増殖するということを示唆している。

【まとめ】
 IR 2Gyの照射により、成体マウスでは脳室下帯(SVZ)における神経前駆細胞に有意にアポトーシスが生じる一方で、神経幹細胞・休止神経幹細胞はアポトーシスに対して抵抗性を示した。休止神経幹細胞はIR照射により活性化し、前駆細胞を補充する一方で、IR後に生じる神経芽細胞も休止神経幹細胞から生じることが示された。それに対して新生仔マウスでは、神経幹細胞ではなく前駆細胞が急速に増殖を再開することが見出された。
 以上の結果より著者らは、アポトーシスは損傷を受けた前駆細胞の除去と、休眠幹細胞の活性化促進の役割を果たしており、この応答は、前駆細胞の増殖停止によって更に促進されると結論づけている。本論文はマウスの成体と新生仔における成長度でそれぞれの幹細胞と前駆細胞のDNA損傷に対する応答が異なることを見出しており、上述した血液系と神経系とでは異なる応答を示すことを報告した点で新しい試みであるといえる。iPS細胞の開発から幹細胞研究は加速度的に進んでいるが、その複雑な制御系から解明すべき現象は多い。今後の進展を期待したい。

【参考文献】
(1) Mandal PK, Blanpain C, Rossi DJ. DNA damage response in adult stem cells: pathways and consequences. Nat Rev Mol Cell Biol. 2011; 12: 198-202.
(2) Insinga A, Cicalese A, Pelicci PG. DNA damage response in adult stem cells. Blood Cells Mol Dis. 2014; 52:147-151.