日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA ligase IVの阻害剤の創製と癌治療における有効性

論文標題 An Inhibitor of Nonhomologous End-Joining Abrogates Double-Strand Break Repair and Impedes Cancer Progression
著者 Srivastava M, Nambiar M, Sharma S, Karki SG, Goldsmith G, Hegde M, Kumar S, Pandey M, Singh RK, Ray P, Natarajan R, Kelkar M, De A, Choudhary B, Raghavan SC
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Cell, 151, 1474-1487, 2012
キーワード DNA ligase IV , NHEJ , 阻害剤 , 増殖抑制

► 論文リンク

 ヒト含めた真核細胞において、DNA二重鎖切断(DSB)の修復は、主として非相同末端結合(NHEJ)と相同組換え(HR)によって行われる。前者においては、DSBの認識に関わるKu(Ku70およびKu86)とDNA-PKcs、DSBを繋ぐDNA ligase IV (以下Ligase IV)およびその調節因子と考えられるXRCC4、XLF(別名Cernunnos)が中心的な役割を担う。1990年代後半以降、DNA修復の分子機構は放射線増感剤開発の新たな標的となって、精力的な研究が行われており、特に、DNA-PKcsについては選択性、効果が高い薬剤が開発されている。DNA-PKcsはタンパク質リン酸化酵素であり、定量的な活性測定がしやすいことも一因であろう。一方、Ligase IV阻害剤開発研究はほとんど行われていない。2008年にChenらはLigase I, III, IVを阻害する新規物質L189を報告しているが、Ligase IVの選択的阻害剤はこれまで報告がなかった(参考論文1)。インドのIndian Institute of ScienceのRaghavanのグループは、新規DNA ligase IVの阻害剤を創製し、その解析結果をCellの2012年最終号に発表した。

 RaghavanらはLigase IVのDNA結合領域(DBD)に注目した。Ligase IVのDBDの構造は明らかにされていないため、コンピュータ上で構造既知のDNA ligase (例えば、Ligase Iなど)の構造と比較することにより、DSBを有するDNAと結合したLigase IVの構造を明らかにした。そして、DNAと接触するアミノ酸とその配置を考慮し、L189にどのような置換基を導入すれば、Ligase IVとDNAとの結合を選択的に、かつ効率よく阻害することができるかを考えた。このストラテジーのもとに合成された化合物の一つがSCR7である。
 SCR7は50μM以上の濃度において、ラット精巣抽出液を用いたcell-free系でのNHEJ反応を阻害した。SCR7はLigase I、T4 Ligaseに対しては阻害効果を示さなかった。SCR7は200μM以上の濃度でLigase IV/XRCC4を阻害したが、500μM以上の濃度でLigase III/XRCC1に対しても阻害効果を示した。しかし、上記のcell-free系において、SCR7添加後にLigase IV/XRCC4を加えることによりNHEJ反応が回復したことから、NHEJ阻害効果はLigase III/XRCC1ではなく、Ligase IV/XRCC4の阻害によるものであると考えられた。更に、ゲルシフトとCD(円偏光二色性)により、SCR7がLigase IVのDBDを介したDNAとの結合を阻害することを示した。
 制限酵素I-SceIとレポーター遺伝子を用いた実験では、SCR7は5μM程度で細胞内でのNHEJを阻害した。また、ヒト乳癌由来MCF7にSCR7を加えるとγ-H2AXのフォーカス数増加が認められた。更に、MTTアッセイにより増殖抑制効果が認められた。増殖抑制効果は相同組換えに関わるBRCA1を欠損する乳癌HCC1937細胞で顕著であった。これは、いわゆる合成致死(Synthetic Lethality)効果の現れであると考えることができよう。Ligase IV欠損細胞(ヒトPre-Bリンパ腫Nalms-6由来)やsiRNAでLigase IVをノックダウンした細胞では増殖抑制効果が認められなかった。更に、Ligase IIIをノックダウンした細胞では対照細胞と同程度の増殖抑制効果が認められたことから、増殖抑制効果はやはりLigase IV阻害によるものであると考えられた。
 乳癌を移植したマウスにSCR7を単剤で投与すると腫瘍縮小、生存期間延長が見られた。また、放射線照射、エトポシド投与と併用すると、腫瘍成長抑制効果が増強された。このことから、SCR7は単剤でも自然に発生するDSBの修復を阻害して増殖抑制効果を著し、また、放射線や薬剤によって生じるDSBの修復を阻害することによって増感作用を著すことが示された。更に、SCR7を投与した培養癌細胞のウェスタン・ブロットおよび腫瘍の免疫組織染色の結果から、p53依存的なアポトーシスが増加することが示された。
 Ligase IVはV(D)J組換えに必須であるため、そのノックアウトマウスはB細胞、T細胞の著しい異常が認められる。SCR7を投与により、T細胞、B細胞の一過的な減少が認められたが、18日程度で回復した。また、ゲノム、mRNA解析でV(D)J組換えの低下が認められた。

 以上が論文の概要である。この論文でのLigase IVの選択的阻害剤創製のアプローチは、DNA-PKcs、ATMの選択的阻害剤の創製と共通するところがある。DNA-PKcsとATMの選択的阻害剤は、PI-3キナーゼ全般に作用するLY294002をリード化合物として、種々の置換を行い、選択性、効果の高いものを選び出すことによって得られた。この論文の場合もDNA ligaseに広く作用するL189を出発点にしているが、置換基導入の際に、in silicoの構造生物学を活用している点が特徴的である。また、これまでにDNA ligaseの阻害剤があまり開発されていない背景には、プロテインキナーゼに比べて定量的な測定が難しいことが関係していると思われる。ここで、1990年代からcell-free系を使ってDNA結合実験を行ってきたRaghavan博士の生化学での強みが生きている。この論文の成果は、Raghavan博士の指揮のもと、DNA組換え・修復の生化学を中心に、構造生物学、コンピュータ科学、有機合成化学、実験腫瘍学にわたる幅広い分野の研究者によって奏でられた見事なオーケストラであると言えよう。

参考論文
1. Chen, X., Zhong, S., Zhu, X., Dziegielewska, B., Ellenberger, T., Wilson, G.M., MacKerell, A.D. & Tomkinson, A.E. (2008) Rational design of human DNA ligase inhibitors that target cellular DNA replication and repair. Cancer Res., 68: 3169-3177.

(東京工業大学原子炉工学研究所・松本 義久)