miR-139-5pは乳癌の放射線療法に対する抵抗性を調節する
論文標題 | miR-139-5p Modulates Radiotherapy Resistance in Breast Cancer by Repressing Multiple Gene Networks of DNA Repair and ROS Defense |
---|---|
著者 | Pajic M, Froio D, Daly S, Doculara L, Millar E, Graham PH, Drury A, Steinmann A, de Bock CE, Boulghourjian A, Zaratzian A, Carroll S, Toohey J, O'Toole SA, Harris AL, Buffa FM, Gee HE, Hollway GE, Molloy TJ |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Cancer Res. 78(2):501-515, 2018 |
キーワード | miRNA , breast cancer , radiotherapy resistance |
【はじめに】
放射線療法はほとんど全ての固形腫瘍の治療として不可欠であり、局所的治療法であると同時に全身への伝搬予防にもなる。それにもかかわらず、完治せずに再発する場合がある。乳癌の場合、腫瘍細胞は放射線に感受性が高い。そのため放射線療法後の乳癌再発の原因として、放射線抵抗性腫瘍の存在または腫瘍細胞の放射線抵抗性細胞への進化が考えられる。また、日常的に臨床利用可能なバイオマーカーの不足により最適値に及ばない放射線投与処置も生じ、先天的・後天的な放射線抵抗性は非常に重要な臨床問題である。細胞の放射線への曝露は、細胞周期やDNA修復、ROSの防御機構、アポトーシスなどを含むゲノムネットワークにダメージを与える。特定の腫瘍細胞亜集団ではこのようなゲノムネットワークの変調(細胞周期の停止の加速やDNA修復の遅延、アポトーシスシグナル伝達の減衰など)が放射線抵抗性の表現型に偏る可能性がある。近年、遺伝子発現の重要な転写後調節因子であるmiRNAがこれらのプロセスの多くの調節因子として重要な役割を担っていることが明らかとなっている。これまでに、非小細胞肺癌や前立腺癌などいくつかの癌において放射線応答における特定のmiRNAの重要な役割が同定されていることから、著者らは乳癌腫瘍の放射線応答に関わるmiRNAを同定し、バイオマーカーとすることを試みた。
【結果】
乳癌患者の腫瘍細胞を用いたマイクロアレイ解析により、11のmiRNAが放射線療法後の局所再発に関与すると推測された。そのなかでも、miR-139-5pは非再発患者腫瘍で過剰発現しており、DNA修復・細胞周期と増殖・ROS防御・アポトーシス関連因子をターゲットとすることが予測された。放射線療法後の腫瘍におけるmiR-139-5pの発現は、再発および死亡なしの患者群において有意な上昇が見られ、放射線療法に対する腫瘍応答に役割があると示唆された。そこで、MCF7細胞にmiR-139-5p mimicを過剰発現したところ、放射線感受性を有意に上昇させた。対して、miR-139-5p阻害により放射線抵抗性が見られた。また、miR-139-5p mimic過剰発現による感作効果は放射線だけでなく一部のDNA損傷剤の感受性にも有意に働いた。
バイオインフォマティクス解析によって予測されたmiR-139-5pのターゲット遺伝子のうち4つ(MAT2A,POLQ,TOP1,TOP2A)はUTRでの結合が確認され、miR-139-5p mimic過剰発現により遺伝子発現が抑制された。また、CDSでの結合が推定されるXRCC5およびRAD54Lも同様の結果が得られた。このことから、miR-139-5pは乳癌腫瘍細胞内だけでなく、過剰発現によってもDNA修復関連遺伝子(POLQ,TOP1,TOP2A,RAD54L,XRCC5)およびROS応答関連遺伝子(MAT2A)を直接調節することが示された。
miR-139-5pを媒介する放射線応答に関するシグナル伝達経路において、DNA Recombination, Replication, Repair and Cancerの3つのゲノムネットワークのうち76%が下方制御されている。このネットワークの中心は重要なストレス応答遺伝子であるPRKAA1/2とTP53であり、これらはmiR-139-5pのターゲット因子である6つの因子と密接に結合する。miR-139-5p mimic過剰発現細胞において、DNA損傷マーカーとなるγH2AXおよびAP siteの蓄積が見られた。また、アポトーシスエフェクターとなるCaspase 3/7の活性化がmiR-139-5p mimic過剰発現により増大した。これらのことから、miR-139-5pは電離放射線損傷応答に関連する複数のシグナル伝達委経路の主要な遺伝子を標的としており、放射線感受性の促進によりDNA修復障害およびフリーラジカル除去阻害によってアポトーシス促進をもたらすことが示された。
miR-139-5pとそのターゲット因子のいくつかがin vitroで放射線感受性の重要なメディエーターであることが示されたため、著者らはmiR-139-5pのターゲット因子が放射線療法後の患者の経過を予測する有効な臨床バイオマーカーとなると考えた。miR-139-5pおよび各ターゲット因子の腫瘍細胞での発現は、腫瘍摘出とアジュバント放射線療法のみのステージⅠ~Ⅲの乳癌患者において臨床成果との相関が確認された。特にmiR-139-5pとそのターゲット因子であるPOLQ,TOP2A,RAD54Lの発現はdisease-free survival(DFS)、distant metastasis-free survival(DMFS)、乳癌特異的生存率(BCSS)と強い相関が見られた。
さらに著者らは、実際にmiR-139-5p mimicがin vivoで効果的な放射線療法増感剤となるかどうか、マウスを用いて検討した。本稿ではSKBR3マウスとMCF7マウスに腫瘍細胞を移植し、触診可能サイズまで肥大した時点から放射線療法とmiR-139-5p mimic投与による治療を施し、予後を経過観察した。MCF7マウスにおいて、放射線療法のみの場合では4回の2Gy照射処置後37日までは腫瘍サイズの縮小が見られたが、その後再発し、141日までで4倍に肥大した。一方で放射線療法とmiR-139-5p mimic投与を組み合わせた群では、処置後88日以内に全てのマウスで腫瘍が完全に検出されなくなり、最終追跡時(250日)まで再発なく生存した。治療剤としてのmiRNAまたはmiRNA阻害剤の使用は、そのターゲット因子がコンパニオンバイオマーカーとなり得る。予後のmiR-139-5pターゲット因子はマウスの系統によって発現の高いものと低いものに分けられる。この発現量の合計ランクと放射線耐性は正の相関を示している。そこで、ターゲット因子TOP2A,POLQ,RAD54Lが高発現しmiR-139-5pの発現の低いSKBR3系統(強い放射線抵抗性を示す系統)を用いてmiR-139-5p mimic投与による放射線感受性を比較したところ、放射線療法のみでは処置後54日でエンドポイントに達したが、miR-139-5p mimic投与を組み合わせることで205日までに全てのマウスで腫瘍が検出不能になり、最終追跡時まで生存した。このことから、miR-139-5p mimicの投与による放射線感受性の増強は強い放射線耐性の腫瘍においても非常に有効であった。
また、放射線療法に加えmiR-139-5p mimicを投与した群では増殖細胞を示すKi-67のフォーカスの減少および損傷マーカーγH2AXとアポトーシスマーカーCaspase 3のフォーカスの増加が見られ、in vitroの結果と一致した。驚くべきことに、γH2AXフォーカスは放射線を照射した腫瘍細胞のみで観察され、放射線を受けた正常組織細胞とmiR-139-5pの蓄積した非標的器官では観察されなかった。
【まとめ】
miR-139-5pのターゲット因子TOP2A,POLQ,RAD54Lは放射線抵抗性を持つ腫瘍を同定し、放射線療法の予後不良となる可能性のある患者を予測する予測バイオマーカーとなる。また、miR-139-5p mimicの投与によりTOP1,XRCC5,MAT2Aを含む重要な損傷応答遺伝子の発現を阻害することで、in vivoで非常に放射線抵抗性の高い腫瘍にも感受性を付与することができた。さらに、miR-139-5pがいくつかのDNA損傷化学療法に対しても腫瘍細胞を感作することができた。
このような乳癌の放射線療法後の改善を個別化できる放射線療法特異的な予測バイオマーカーの発見は、重要な価値がある。標準的に用いられる臨床病理学的変数は、どの患者にどの程度の効果があるのか正確に予測するには最適ではなく、一部の患者には過度の治療または不十分な治療となり再発につながる可能性がある。著者らにより放射線予測バイオマーカーとして同定されたPOLQ,TOP2A,特にRAD54Lはこれらを改善しうる因子であるといえる。また、著者らはmiRNAターゲットが予測バイオマーカーとコンパニオンバイオマーカーの両方としてどのように使用できるかを示すことに加え、miRNA mimicの治療剤としての可能性も示しており、今後の研究が期待される。