日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

間葉系間質細胞由来の細胞外小胞は、造血幹細胞移植なしで全身性放射線曝露個体の長期生存を可能にする

論文標題 Mesenchymal Stromal Cell-Derived Extracellular Vesicles Provide Long-Term Survival After Total Body Irradiation Without Additional Hematopoietic Stem Cell Support.
著者 Schoefinius JS, Brunswig-Spickenheier B, Speiseder T, Krebs S, Just U, Lange C.
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Stem Cells. 35(12):2379-2389, 2017
キーワード 間葉系間質細胞 , 細胞外小胞 , 致死線量放射線曝露個体 , マクロファージ極性化 , 造血幹/前駆細胞

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【はじめに】
 核テロや原子力災害による高線量放射線の全身性被ばくは、生命を脅かす急性放射線症候群を引き起こす可能性がある。急性放射線症候群は放射線感受性の高い臓器に生じる一連の障害であり、致死線量の放射線による腸管や骨髄の障害は個体死に至らしめる。今回紹介する論文の筆者らは、以前致死線量の137Cs γ線 9.5 Gyを全身に曝露したマウスに、マウス骨髄細胞から樹立した間葉系間質細胞(mouse mesenchymal stromal cell: mMSC)を静脈投与することで、最大で約88%の7ヶ月間生存率をもたらすことを報告している。投与したmMSCは肺に集積し、マクロファージをM1型からM2型へ極性化させ、炎症や酸化ストレス、細胞死の抑制、及び末梢血中の白血球や血小板数の回復が認められた(参考論文1)。今回の論文では、mMSCから放出される細胞外小胞(Extracellular Vesicles: EVs)に着目し、全身性の高線量放射線曝露個体にmMSCがもらたす放射線緩和効果とEVsとの関連性について検討している。
 今後の原子力の安全利用や福島第一原発を含めた廃炉作業、将来の宇宙開発や核テロの脅威等に対し、放射線被ばくへの適切な医療安全対策は国民の安心・安全に直結する国家的な命題である。さらに、2020年には東京でのオリンピック・パラリンピック開催を控え、日本が今後テロの標的となる確率は格段と向上し、長期的に備えるべき重要な課題であると考える。紹介者は、生体内分子の緊急被ばく医療対策への応用を視野に入れた新たなアプローチとして、本論文を紹介したい。

【mMSC由来のEVs投与により放射線曝露個体の長期生存が可能になる】
 8~12週齢雌C57BL/6Jマウスに致死線量放射線 (137Cs γ線 9.5 Gy)を照射し,106個の mMSCから回収したEVsを尾静脈投与したところ、106個の mMSC投与群と同程度の7ヶ月間生存率が得られた(放射線曝露無処理マウスは30日以内に全個体が死亡)。mMSC移植群とEVs投与群における白血球数及び血小板数を比較すると、白血球数の回復は移植・投与の後の動態まで類似していた一方で、EVs投与群の血小板数の回復はmMSC移植群よりも良好で、約60日で照射前のレベルに達した。さらに7ヶ月後には、EVs投与群全個体の全末梢細胞集団分布(白血球と血小板を含む)は血液学的に健常レベルまで回復した。

【mMSC由来のEVsは造血前駆細胞ではなく、より未熟な細胞集団に作用する】
 4 Gyを照射したマウスから骨髄細胞を回収し、メチルセルロースコロニー形成法にてコロニーアッセイを実施したところ、EVs添加によるコロニー形成能の低下は改善されず、造血前駆細胞のクローン増殖に対する効果が小さいことが確認された。一方で、ヒト造血幹細胞支持能を有する成体マウス骨髄細胞由来ストローマ細胞株MS-5と骨髄細胞の共培養にEVsを添加したところ、活発に増殖した細胞が敷石状に並んだコブルストーンコロニーの形成が促進され、特に巨大なコブルストーンコロニー(>200細胞)形成においては顕著で、EVs無添加群との間に有意差が認められた。すなわち、これらin vitroの結果からEVsは造血前駆細胞より未熟な細胞集団に特異的に作用する可能性が示唆された。

【mMSC由来のEVsは造血幹細胞に直接作用する】
 EVsの脂質膜をPKH26で蛍光標識して被ばく個体に静脈投与し、投与後2時間後と4時間後の骨髄細胞を回収して観察した。投与後2時間後および4時間後共にSca-1陽性/c-kit弱陽性の小さな丸い核を特徴とする幹細胞様細胞(造血幹細胞)とEVsの共局在が観察され、さらにEVsは投与後2時間以内に速やかに骨髄へ移行することが判明した。更に、ImageStream® X Mark II Imaging Flow Cytometerによる画像解析の結果、Sca-1陽性/c-kit弱陽性の代謝が低く、休止期に近い未熟な造血幹細胞のおよそ0.2%(2時間後で0.16%、4時間後で0.24%)がEVsの標的となっていることが明らかとなった。すなわち、in vivoにおいてより未熟な造血幹細胞集団にEVsが作用することが示唆された。

【おわりに】
 本論文において筆者らは、骨髄間質細胞の炎症抑制効果に関するNemethらの報告を引用しつつ、被ばく個体にmMSC由来EVsを投与した際の作用機序モデルについて考察している。すなわち、mMSC単独の移植では、mMSCが肺に蓄積し、さらにマクロファージの極性化を Prostaglandin E2の放出によって誘導することで、照射後の炎症誘発性環境から抗炎症性環境へと変化し、炎症抑制サイトカインであるInterleukin-10の産生が亢進する(参考論文2)。その結果、放射線で誘発された骨随の炎症や、酸化ストレス、細胞死が抑制され、長期生存が可能となる。その一方で、被ばく個体に対するEVs投与では、EVsは速やかに骨髄へ移行し、造血幹細胞に直接作用する。その結果、造血幹細胞の細胞周期や酸化ストレスが適切に制御され、被ばく個体は長期生存が可能となる。これらの作用機序モデルの検証および発展が、高線量放射線の全身被ばくによって誘発される全身性の骨髄抑制に対する新しい治療戦略の開発につながると期待される。

<参考論文>
1. Lange C, et al. Radiation rescue: mesenchymal stromal cells protect from lethal irradiation. PLoS One. 2011 Jan 5;6(1):e14486.
2. Nemeth K, et al. Bone marrow stromal cells attenuate sepsis via prostaglandin E(2)-dependent reprogramming of host macrophages to increase their interleukin-10 production. Nat Med. 2009 15:42–49.