炭素イオンビーム照射したモデル植物シロイヌナズナにおける突然変異の全ゲノム解析
論文標題 | Identification of substitutions and small insertion-deletions induced by carbon-ion beam irradiation in Arabidopsis thaliana |
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著者 | Du Y, Luo S, Li X, Yang J, Cui T, Li W, Yu L, Feng H, Chen Y, Mu J, Chen X, Shu Q, Guo T, Luo W, Zhou L |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Front. Plant Sci. 8: 1851, 2017 |
キーワード | イオンビーム育種 , 炭素線 , シロイヌナズナ , 突然変異 , 次世代シーケンサー |
【はじめに】
線エネルギー付与(LET)が高い重イオンビームは、ガンマ線やエックス線などの低LET放射線では得られなかったようなタイプの変異体を効率的に作出できるとの期待から、植物や微生物の突然変異育種や遺伝学的解析において有用な放射線源として利用されている。これまで、重イオンビームが誘発する突然変異の頻度や特徴は、表現型が変化した変異体をスクリーニングし、原因遺伝子領域を限局的にシーケンスすることで調べられてきた。しかしながら、昨今の技術革新が目覚ましい次世代シーケンサーを利用することで、重イオンビーム照射した植物における塩基配列の変化を、個別の遺伝子に留まらず全ゲノムレベルで調べることは、イオンビーム育種技術の特性を理解するために不可欠である。
【全ゲノム解析で明らかになった炭素イオンビーム誘発突然変異の特徴】
本論文では、50 keV/µmの炭素イオンを200 Gy照射したシロイヌナズナを自殖して得たM3世代のうち、表現型の視覚的な変化が認められる9系統と認められない2系統、非照射コントロール1系統から抽出した全ゲノムを、Illumina製HiSeq 2500でリシーケンスした。得られた配列データをシロイヌナズナCol-0株のリファレンスゲノムにマップした。カバレッジ深度は平均23~33であった。VarScan 2プログラムで塩基置換と小規模挿入・欠失を調べ、カバレッジ深度が8以上かつ、変異リードが25~75%の場合はヘテロ接合型変異、75~100%の場合はホモ接合型変異とした。コントロールを含む全ての株でリファレンスゲノムと配列が異なる領域はバックグラウンド変異として解析から除いた。偽陽性を減らすため、変異候補はIntegrative Genomics Viewerプログラムで視覚的にも確認した。また、変異が遺伝子の機能に及ぼす効果をSnpEff toolboxプログラムで推測した。
照射後代の11系統で、合わせて320箇所の塩基置換と124箇所の挿入・欠失が検出された。塩基置換/挿入・欠失の比は2.58だった。この比は、ガンマ線照射したミナトカモジグサでは11.9、速中性子線照射したシロイヌナズナとイネではそれぞれ1.45と1.26と報告されており、低LET放射線と比べて高LET粒子線では挿入・欠失が増加する傾向があった。重イオン照射では塩基置換や小規模挿入・欠失だけでなく、大規模な挿入・欠失、逆位、染色体内と染色体間の転座などの構造変化も起こると考えられる。PindelとBreak Dancer Maxプログラムを同時に用いて大規模な挿入・欠失の検出も試みられたが、検出された大規模欠失の大半は偽陽性だった。原因として、用いたリシーケンス解析技術が大規模な構造変化の検出に不向きなこと、炭素イオンビームのLETがそれほど高くないこと、重要な遺伝子を含む大規模欠失は後代に伝わりにくいことが考えられ、結果の解釈は塩基置換、小規模な挿入と欠失に限定されている。
変異は系統あたり20~62箇所で生じた。各染色体における変異検出頻度に明確な規則性は認められず、変異が起こりやすいホットスポットの存在は確認されなかった。変異の67.57%は遺伝子の上下流領域、25.00%はエクソン、4.50%は3′/5′-非翻訳領域、2.03%は遺伝子間、0.68%はスプライシング領域、0.23%はイントロンに生じた。遺伝子機能に影響を及ぼしやすいミスセンス変異、終止コドン獲得・喪失、フレームシフト、フレーム内欠失、3′/5′-非翻訳領域に関わる変異が生じた遺伝子数は系統あたり3~15個だった。M3世代の11系統におけるホモ接合型変異の総数からM1世代で生じたヘテロ接合型変異のイベント数を推測したところ、塩基置換、1塩基対の挿入と欠失はそれぞれ362.67、18.67と69.33個と考えられた。自然突然変異の寄与を差し引くと、200 Gyの炭素線を照射したシロイヌナズナにおいて、M3世代まで伝わるゲノム・塩基あたりの変異率は3.37×10-7と推測され、自然突然変異率の7.1×10-9と比べて47倍高かった。
炭素線照射で生じた320箇所の塩基置換で、transition/transversion比は0.99であり、transitionとtransversionはほぼ同じ比率で生じた。この値は、自然突然変異での報告値(2.73)より速中性子線照射による報告値(0.86)に近かった。グアニン(G):シトシン(C)→アデニン(A):チミン(T)は最もよく見られた置換であり320箇所のうち51箇所はG→A、55箇所はC→T変異だった。また、C→T変異のうち37箇所ではピリミジン塩基が隣接していた。この特徴は紫外線や速中性子線でも顕著であり、ピリミジンが隣接する箇所でのC→T変異には、線質の異なる放射線間で共通する誘発メカニズムが存在すると考えられた。
124箇所の挿入・欠失のうち103箇所が欠失であり挿入は21箇所だった。103箇所の欠失のうち68箇所は1 bpの欠失であり2 bp以上(2~21 bp)の欠失は35箇所だった。また、21箇所の挿入のうち17箇所は1 bpの挿入であり2 bp以上の挿入は4箇所だけだった。1 bpの挿入・欠失はAとTに偏っており、欠失では68箇所中45箇所で、挿入では17箇所中15箇所でAまたはTであった。また、小規模挿入・欠失の84.21~88.89%は反復配列内あるいはその付近で生じた。
【おわりに】
次世代シーケンサーを用いた解析により、イオンビーム育種でしばしば用いられる炭素イオンビームがモデル植物シロイヌナズナの全ゲノムに誘発する突然変異の特徴について、部分的ではあるが明らかにされた。これは、個別の遺伝子に生じた突然変異についての断片的な情報しか得られていなかった従来の状況からの大きな前進である。照射された200 Gyの炭素イオンビームはシロイヌナズナ種子の生存曲線の肩付近に相当すると考えられ、イオンビーム育種の現場で照射される生物線量とも近い。今後、塩基置換や小規模の挿入・欠失だけでなく、イオンビーム育種の特徴と考えられている、より大規模な構造変化も検出できるような解析手法が登場し、イオンビーム育種と従来の放射線育種との使い分け、イオン種・LET・生物線量など照射条件の最適化についての知見が深まることを期待したい。興味のある読者の方には、本論文とほぼ同時期に報告された論文( https://www.nature.com/articles/s41598-018-19278-1.pdf )を合わせて読まれることをお薦めする。