日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA修復プロセスはp53依存的な腫瘍抑制機構における重要なメディエーターである

論文標題 DNA repair processes are critical mediators of p53-dependent tumor suppression.
著者 Janic A, Valente LJ, Wakefield MJ, Di Stefano L, Milla L, Wilcox S, Yang H, Tai L, Vandenberg CJ, Kueh AJ, Mizutani S, Brennan MS, Schenk RL, Lindqvist LM, Papenfuss AT, O'Connor L, Strasser A, Herold MJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Nat. Med. 24(7): 947-953, 2018
キーワード p53 , DNA損傷修復遺伝子 , 発がん , リンパ腫/白血病

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【はじめに】
 p53は約50%のヒトのがんで突然変異が報告されている遺伝子であり、アポトーシス、細胞周期停止、細胞老化の誘導を介して、腫瘍発生を抑制する。しかしながら、これらの3つのプロセスに関与する遺伝子の欠損を組み合わせても、p53欠損時に見られる様な自然発生的な腫瘍形成は起こらない場合がある。そのため、p53に依存した新たな腫瘍抑制機構の存在が示唆される。本論文で著者らは、p53欠損による発がんメカニズムの詳細なメカニズムを明らかにするために、細胞に導入することで標的遺伝子の発現を抑制(ノックダウン)するshRNAを用いて、腫瘍抑制に関与するp53標的遺伝子のin vivoスクリーニングを行った。放射線被ばくとp53を介した細胞周期制御、細胞死およびDNA損傷修復などの細胞応答が密接に関与していること、ならびにp53欠損を介した発がんメカニズムを理解する上で本論文の成果は有益であるため、紹介する。

【p53標的遺伝子群のうち、特定遺伝子のノックダウンが腫瘍形成を促進する】
 著者らはまず遺伝子発現やChIPシークエンス解析データからp53標的遺伝子166種に対するshRNA 930種(1遺伝子あたり5〜6種のshRNAを使用)を絞り込んだ。これらshRNAを、発がん感受性を高めたPuma−/−;p21−/− マウス(p53誘導性のアポトーシス、細胞周期制御、細胞老化に関わる遺伝子を欠損)、あるいはEµ-Myc;Puma-/-マウス(細胞増殖に関わる遺伝子を高発現、かつアポトーシスが抑制される)由来の造血幹細胞/前駆細胞(hematopoietic stem/progenitor cells: HSPCs)に導入し、致死線量の放射線照射した野生型マウスに移植することで、腫瘍発生を促進する遺伝子を探索した。結果として、Puma−/−;p21−/−マウス由来HSPCsを用いて移植実験を試みると、p53 ノックダウン細胞を移植した場合は移植後300日までに100%のマウスにおいて、p53関連遺伝子群のノックダウン細胞を移植した場合は移植後一年までにおよそ30%のマウスにおいて、リンパ腫あるいは白血病が発症した。一方、Eµ-Myc;Puma-/-マウス由来のHSPCsを用いて、同様の移植実験を試みると、p53あるいはp53関連遺伝子群をノックダウンした細胞を移植した場合、対照群に比べリンパ腫が早期に発症した。発生した腫瘍細胞中に存在するshRNAをシークエンス解析したところ、数種のshRNAがエンリッチされており、特定の遺伝子をノックダウンされた細胞が発がんに関与する可能性が示唆された。

【ノックダウンする遺伝子の組み合わせに依存して、発がん率が変化する】
 shRNA in vivoスクリーニング実験をもとに、著者らは、発がんに関与する可能性の高いと考えられる4種の遺伝子(Mlh1、Cav1、Zmat3、Ctsf)に特に着目した。Mlh1、Cav1、Zmat3またはCtsfをノックダウンしたp53-/-マウス由来のHSPCsを移植した実験においては、p53-/-マウス由来HSPCsを移植した場合と比較して、ノックダウンによりリンパ腫の発生が促進されなかった。これは、4つの遺伝子がp53下流で腫瘍抑制に機能することを意味する。Puma-/-;p21-/-マウス由来のHSPCsにおいてこれら遺伝子をノックダウンし、移植すると、10〜75%のマウスが一年以内に骨髄性の白血病またはリンパ腫を発症した。Eµ-Myc;Puma-/-マウス由来のHSPCsにおいて、同様の移植実験を行うと、Mlh1あるいはCav1をノックダウンした場合に、p53をノックダウンした場合と同様にリンパ腫が早期に発症した。野生型マウス由来のHSPCsにおいてこの実験を行うと、Cav1、Zmat3またはCtsfを単独でノックダウンした場合は、リンパ腫の発症が認められなかった。これらの結果は、p53を介した腫瘍抑制においてこの4つの遺伝子の重要性が異なり、p53による、PUMAを介したアポトーシスとp21を介したG1/S細胞周期停止の両方が損なわれている場合のみ、Cav1、Zmat3またはCtsfの欠損が腫瘍の発生を促進すること示唆する。言い換えるならば、p53に制御された腫瘍抑制における複数のプロセスが多岐にわたりバックアップされていることを意味する。対照的に、Mlh1 ノックダウンは、野生型マウス由来あるいはEµ-Myc;Puma-/-マウス由来のHSPCsどちらを用いての移植実験においても、p53 ノックダウンの場合と同様にリンパ腫を発症した。この結果は、MLH1がp53を介した腫瘍抑制メカニズムにおいて重要な役割を担っていることを示唆する。

【DNA修復遺伝子の発現量減少がp53欠損を介した腫瘍形成を促進する】
 続いて著者らは、p53ノックアウト、あるいはp53ノックアウトに加えMYCを過剰発現した細胞からの腫瘍形成において、強制的にMLH1を発現させると腫瘍形成が抑制されるのかどうかを調べた。その結果、p53をノックアウトし、MLH1を過剰発現させたHSPCsを移植した場合、p53ノックアウトのみ、あるいは変異型MLH1(核移行シグナルを欠損)を発現させた場合に比べ、リンパ腫の発生が遅延した。本論文では、γ線5 Gy照射後6時間のp53-/-マウス由来の胸腺細胞において、DNA修復関連遺伝子の発現量が野生型マウスよりも低いという結果も示されている。これらの結果は、p53欠損がMlh1や他のDNA修復関連遺伝子の発現量を減少させることで、リンパ腫形成が促進される可能性を示唆する。この可能性を検証するために、著者らはp53によって制御されることが報告されている他のDNA修復関連遺伝子の腫瘍抑制効果を評価した。その結果、Msh2、Rnf144b、Ddit4またはCav1をノックダウンした場合は、p53をノックダウンした場合と同様にリンパ腫形成が促進された。興味深いことに、Cav1、Rnf144b、Ddit4のノックダウンは有意に前リンパ腫細胞の細胞増殖を促進したが、Mlh1またはMsh2のノックダウンでは、この特徴は観察されなかった。まとめると、これらの結果は、DNA修復能だけでなく、RNF144b、CAV1、DDIT4などの細胞増殖抑制能が細胞周期を制御することで、DNA修復を可能にし、腫瘍抑制に関与することを示唆する [1]。

【ヒトのがんにおいてp53とDNA修復関連遺伝子の突然変異は排他的である】
 最後に著者らは、p53によって活性化されるDNA損傷修復プロセスがヒトのがんを抑制する上でも重要であることを証明するために、DNA損傷修復遺伝子における突然変異がp53の突然変異と排他的であるかどうかを調べた。その結果、造血系のがんおよび大腸がんにおいて、DNAミスマッチ修復遺伝子(Mlh1、Msh2、Pms2)だけでなくFancCおよびRnf144bの突然変異がp53の突然変異と排他的であることが明らかとなった。

【おわりに】
 著者らの研究により、p53が協調あるいは重複する複数の腫瘍抑制プロセスを活性化する、非常に強力ながん抑制因子であることが示された。少なくとも造血系のがんにおいては、DNA修復機構の調節がp53による腫瘍形成の抑制において非常に重要な役割を担うのだろう。しかしながら、造血系のがんの一つである、マウス胸腺リンパ腫では、p53の突然変異の頻度やタイプが変異原(放射線、化学物質など)によって異なるため、p53により活性化される細胞応答の種類とそれらの腫瘍抑制に対する関与の度合いは、細胞のタイプ、あるいは腫瘍発生の初期に活性化される発がんのドライバーとなるイベントなどによって異なるのかもしれない。

【参考文献】
[1] Williams AB, Schumacher B. p53 in the DNA-Damage-Repair Process. Cold Spring Harbor Perspectives in Medicine. 6: 2016.