cox2 遺伝子領域の染色体構造の崩壊によって肺がん細胞の放射線感受性が高まる
論文標題 | Disruption of chromosomal architecture of cox2 locus sensitizes lung cancer cells to radiotherapy |
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著者 | Sun Y, Dai H, Chen S, Zhang Y, Wu T, Cao X, Zhao G, Xu A, Wang J, Wu L |
雑誌名・巻・ ページ・発行年 |
Mol. Ther. 26(10): 2456-2465, 2018 |
キーワード | 肺がん , 放射線治療 , アスピリン , cox2 , 染色体構造 |
【まとめ】
本論文では、アスピリンによる cox2 遺伝子領域の染色体構造 (クロマチンループ) の崩壊とそれに伴う cox2 遺伝子発現の抑制によって、肺がん細胞の放射線感受性が高まることが示された。また、アスピリンが cox2遺伝子領域のクロマチンループ形成に関与する p65 遺伝子産物の核移行を阻害していることも示された。
【背景と目的】
外科的手術、放射線治療、化学療法などによる肺がんの治療にもかかわらず、肺がん患者の生存率は依然として高くはない。放射線治療に関しては、炎症性因子として知られるシクロオキシゲナーゼ 2 (cox2) 遺伝子の肺がん細胞における異常な高発現が、放射線による肺がん細胞への効果が制限される原因の一つとして知られていた。こうした中、著者たちの最近の研究から、cox2 遺伝子の発現が cox2 遺伝子のプロモーター領域とエンハンサー領域間の p65 (NF-κB 転写因子ファミリーの一つ) を介したクロマチンループによって制御されていることが示された。一方で、抗炎症薬のアスピリン (アセチルサリチル酸) の作用として cox2 活性を阻害することが知られていた背景とあわせ、本論文の著者たちは、肺がん細胞を用いて、放射線とアスピリンの併用効果とその基盤となる cox2 遺伝子発現制御の分子メカニズムを調べることを研究の目的とした。
【主な結果】
アスピリン (最終濃度 1 mM) を加えることによって、ヒト非小細胞肺がん細胞株 A549 と H1299 が、正常ヒト肺線維芽細胞 (NHLF) やヒト結腸がん細胞株 HCT116 と比べて、ガンマ線 (5 Gy) に対する高感受性 (細胞死の相乗的増加等) を示した。次に、3Cアッセイ (下の補足参照) を用いた実験によって、A549 と H1299 細胞におけるアスピリンによる cox2 の減少が、cox2 遺伝子領域の染色体構造 (クロマチンループ) の崩壊によって引き起こされることが明らかになった。また、アスピリンが p65 の核移行を阻害することによって cox2遺伝子領域のクロマチンループを崩壊させることが示された。最後に、A549 細胞における cox2 遺伝子領域の染色体構造の崩壊が、ガンマ線によるアポトーシスの誘導を促進させることを、siRNA による cox2や p65 を抑制する実験等で証明した。
【考察】
本論文によって、アスピリンによるエピジェネティックな制御と放射線照射を組み合わせた併用療法によって肺がんの放射線耐性を克服するための新しい治療アプローチが提案された。また、その基盤となるアスピリンによる cox2 抑制の分子メカニズムの一部も解明することができた。他のがん細胞も含めた更なる研究が今後も必要であるが、著者たちは、cox2 遺伝子の発現量が高くなっているがん細胞がアスピリンによって放射線の感受性が高まるのではないかと考察している。また、アスピリンが p65 の核移行を阻害するメカニズムの候補として、p65 の活性や核移行の制御に関わる IκB-α のリン酸化やユビキチン依存的なプロテアソームによる分解が関係していることを挙げていた。
【補足】
3C アッセイ (Chromosome Conformation Capture assay) は、細胞核内で 3 次元的に近接する DNA 上の領域を検出する方法である。例えば、標的遺伝子のプロモーター領域と核内で近接しているエンハンサー領域を同定することができる。主な操作の流れは、1) 染色体構造中に含まれる DNA やタンパク質のホルムアルデヒドによる固定 2) 制限酵素処理 3) DNA ライゲーション 4) 脱クロスリンクと DNA の精製 5) ライゲーションによって結合した二つの領域の PCR 増幅による同定、となる。つまり、染色体構造中のタンパク質相互作用によって近接した DNA 領域は、ライゲーションの効率が高くなり、PCR 産物として検出されることになる。