日本放射線影響学会 / THE JAPANESE RADIATION RESEARCH SOCIETY

DNA修復因子APE1欠損マウスの脳神経系における機能解析

論文標題 Apurinic endonuclease-1 preserves neural genome integrity to maintain homeostasis and thermoregulation and prevent brain tumors
著者 Dumitrache LC, Shimada M, Downing SM, Kwak DK, Li Y, Illluzzi JL, Russell HR, Wilson DM, McKinnon PJ
雑誌名・巻・
 ページ・発行年
Proc Natl Acad Sci USA. 52: 12285-12294, 2018
キーワード DNA修復 , APE1 , 脳神経発生

► 論文リンク

【はじめに】
 放射線により生じる細胞内のDNA損傷の種類は様々で1Gyの照射で塩基損傷が1000個、一本鎖切断が1000個、二本鎖切断が40個程度であると試算されている。二本鎖切断が重篤な損傷であるのはいうまでもないが、塩基損傷も突然変異の原因となり、がん化リスクの増加など細胞に対する影響は無視できない。また、放射線による損傷以外にも細胞内のDNAはエネルギー産生の副産物としてミトコンドリアから生じる活性酸素種により恒常的に損傷を受けつづけており、それらの修復機構に異常をきたすと細胞死やがん化のリスク増加の原因となる。
 塩基損傷を修復する機構は塩基除去修復機構(Base excision repair: BER)と呼ばれ、多くの修復タンパク質が関与している。BERはまず損傷を受けた塩基をDNAグリコシラーゼが除去することから始まる。その際、除去した箇所にapurinic/apyrimidinic (AP)部位が生じるが、このままでは修復を進めることができないために取り除く必要がある。そこでAP endonuclease 1 (APE1)というタンパク質がAP部位を除去し、その後のPNKPによる末端のリン酸化および脱リン酸化などの修飾を経て、DNA合成によりDNA修復を完了させる。
 これら修復因子は細胞の恒常性に必須であるため、欠損すると様々な疾患の原因となるが、特に神経発生疾患との関わりが深く、修復遺伝子欠損遺伝病患者は小頭症や運動失調症など神経発生に異常がみられることが知られている。しかし、神経特異的な臨床症状と修復遺伝子の関係は謎が多く、これまで多くの研究室において様々なアプローチでその関係性を明らかにしようと試みられてきた。今回はその研究の一環として筆者が留学中に携わった修復遺伝子の一つであるAPE1をマウスで欠損した際の表現系を解析した結果を紹介したい。

【Ape1コンディショナルノックアウトマウスの作製】
 DNA修復関連因子は欠損すると細胞の生死に関わるのでDNA修復関連遺伝病患者は重篤な症状を示すことが多い。特に神経発生に関与する症例が多く、例えばNBS1やLigIVの機能欠損による小頭症やATM、MRE11の機能欠損による小脳に異常がみられる運動失調症などである。
 我々は以前にBERや一本鎖切断修復に関与する因子としてPNKPに着目し、コンディショナルノックアウトマウスを作製し解析した結果を報告した [参考文献1、解説は最新論文情報15-011参照]。PNKPはMCSZ (Microcephaly and Seizure)という小頭症、てんかん発作を呈する重篤な遺伝病の原因遺伝子であり、神経特異的にPNKPを欠損させたマウスはやはり小頭症になるなど重篤な表現系を示した。今回は同じくBER経路にあるAPE1に着目し、神経特異的に欠損させたコンディショナルノックアウトマウスを作製することによりその機能を解析した。APE1が関与する遺伝的疾患は現在報告されていないが、いくつかのがんにおいて変異が入っていることは報告されている。また、APE1は細胞レベルでの欠損でも著しく生存率が下がることから、細胞の恒常性維持に必須であることが示唆されてきた。そこでNestinプロモーターとCre/LoxPシステムを用いて神経特異的にAPE1欠損マウス(Ape1Nes-Cre)を作製したところ、胎児期の神経発生には影響がみられなかったが、生後5日頃からDNA損傷や細胞死が観察されるようになり、大脳皮質や小脳のサイズが小さくなることがわかった。また、Ape1Nes-Creマウスからアストロサイトを樹立し、生化学的な解析を行ったところ、AP部位を除去する活性が著しく低下していることも確認した。

【Ape1は体温調節に必要】
 次にApe1Nes-Creマウスを観察していると震えている(シバリング)症状を示していることに気づいた。小脳萎縮による運動失調の可能性も考えられたが、体温調節に異常がある可能性が考えられたのでそれを検討するためにヒートパッド上で飼育してみると通常3週間ほどの寿命が2ヶ月ほどに延長されることがわかった。ヒートパッドから移動させてみても体温自体に大きな変化はなかったので神経系における調節機構に異常があると考え、神経内分泌、睡眠、体温調節に重要なセロトニン合成に関わる縫線核を調べてみた。その結果Ape1Nes-Creマウスでは縫線核の細胞数が減少しており、セロトニン合成に重要なTryptophan hydroxylase 2 (TPH2)が減少していることを見出した。

【転写因子としてのApe1】
 APE1はRedox effector 1(REF1)という別名があり、DNA修復とは独立して転写因子としてレドックス調節に関与すると考えられている。APE1はFOS/JUN複合体活性化因子AP-1の転写因子として機能するので生体内における生理的意義を調べるためにグルタミン酸アナログであるカイニン酸をApe1Nes-Creマウスに投与し、神経刺激時の転写に与える影響を解析した。その結果、カイニン酸刺激により野生型マウスの海馬では遺伝子発現増加がみられたのに対し、Ape1Nes-Creマウスの海馬ではその遺伝子発現が抑制されていた。これらの結果はAPE1の転写因子としての機能を裏付けるものであった。

【まとめ】
 この他、Ape1Nes-Creマウスではがんの発症率が増加することも検証し、APE1の発がん抑制因子としての機能も見出した。今回はApe1Nes-Creマウスを用いて脳神経組織特異的な機能を解析したが、結論としてAPE1はこれまでの報告通り、DNA修復、遺伝子発現転写因子としての機能の他、今回新たに体温調節に重要な縫線核の恒常性にも重要であることがわかった。さらに、他因子との比較としてPNKPを欠損した際は胎児期から既にDNA損傷やアポトーシスが増加していたのに対し、APE1の場合は胎児期に影響はなく、生後にDNA損傷とアポトーシスが増加していたことが興味深い。両因子とも野生型では胎児期から発現が観察されるのに対し、欠損時における表現系では時間差がみられるのはまだ明らかになっていない役割があることが考えられる。遺伝子機能の臓器特異性、発生時期特異性の解析は困難ではあるが、その生理的意義の解明は臨床応用や放射線防護の観点からも重要であるので今後の粘り強い解析が期待される。

【参考文献】
1. Polynucleotide kinase-phosphatase enables neurogenesis via multiple DNA repair pathways to maintain genome stability. Shimada M, Dumitrache LC, Russell HR, McKinnon PJ., EMBO J. 34: 2465-2480, 2015.